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散髪もパーマも課税対象!「ぜいたくは敵だ」のスローガン下、戦時中の日本の税制は理不尽そのものだった

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課税と標語

この特別行為税は、昭和19年には一億一千万円の税収となり、戦時財政を支える重要な柱の一つとなります。

戦時中の異常な税金と言えば遊興飲食税が挙げられますが、特別行為税はそれほどの規模ではありませんでした。しかし、国が必要とする財源を確保するために、日常のサービスにまで課税が及んだ点は注目すべきところです。

国民生活が苦しくなるのも構わず、政府はあらゆる手段を使って税収を確保しようとしていたのです。

ちなみに、戦前に国が国民に節制を呼びかけるようになったのは1937年頃からです。

当時の日本は中華民国と戦闘中で、当時の近衛文麿内閣は国民精神総動員実施要綱を閣議決定。貯蓄や消費節約、日の丸弁当持参などが奨励されました。

とはいえこの時点では、国民生活への影響はそれほどでもありません。だんだんエスカレートしたのは1939年の平沼騏一郎内閣あたりからで、3月に国民精神総動員委員会が設置されると、歓楽を慎んで節約に励むことが国民に通告されます。

そしてその後も、1940年7月には奢侈品等製造販売制限規則が閣議決定され、これがきっかけとなって「ぜいたくは敵だ」の立看板が街のあちこちに立てられることになりました。

覚えやすく、シンプルにしてインパクト十分。「ぜいたくは敵だ」は歴史に残る標語です。

これを最初に作ったのが誰なのかは諸説あり、当時大政翼賛会宣伝局で戦時スローガンの選定に関わっていた花森安治だと考える人もいます。

とはいえこの「ぜいたくは敵だ」というスローガンが用いられた時期は短く、1942年には。耐乏スローガンとして「欲しがりません勝つまでは」に取って代わられるようになりました。

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参考資料:
大村大次郎『脱税の日本史』宝島社、2024年
画像:PhotoAC,Wikipedia

 

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