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終戦直後の日本は脱税天国!?脅迫・火炎瓶投げ込みまで起きた税務署と納税者のギスギスした関係史

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青色申告の誕生

シャウプ勧告を受け、昭和二十四年に導入されたのが青色申告制度です。

これは「きちんと帳簿をつければ税金を割り引く」という制度で、申告書が青色だったことからこの名がつきました。一方、通常の申告は白色申告と呼ばれるようになります。

本来、帳簿をつけるのは中小事業者の義務なのですが、当時の中小事業者の多くは記帳ができず、申告制度が機能していませんでした。

税務署は、このままでは申告が成り立たないと判断し、帳簿をつけるインセンティブとして青色申告を設けたのです。

それでも多くの事業者が自力で申告できなかったため、税務署は税務相談所を設置し、申告書作成を手助けするようになります。

本来は納税者が自分で行うべき作業ですが、相談をやめれば申告しない事業者が大量に出ると見られ、税務署は戦後から現在までこの支援を続けています。

戦後の日本では、税制の急激な転換と社会の混乱が重なり、税務署と納税者の関係は長くギスギスしたものでした。

妨害や脅迫、火炎瓶投げ込みまで起きた時代を振り返ると、税制度が社会の安定にどれほど大きな影響を与えるかがよくわかります。

参考資料:
大村大次郎『脱税の日本史』宝島社、2024年
画像:PhotoAC

 

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