朝ドラ『風、薫る』DV夫と決別し女性の自立を支えた“熊本の猛婦”…校長・梶原敏子のモデル・矢嶋楫子の生涯:4ページ目
女学校の校長と看護婦養成所所長を兼任
朝ドラ『風、薫る』では、梶原敏子は明治時代初期に学制が導入された時に教員となったようで、梅岡女学校の校長・梅岡女学校付属看護婦養成所の所長という存在です。
モデルでは?といわれている矢嶋楫子も、明治6年(1873)に小学校教員伝習所を卒業し小学校訓導試験にも合格し、桜川小学校の教員として採用され赴任したという史実があります。
(ちなみに、ドラマに登場したクラシカルで可愛い外観の梅岡女学校は、茨城県土浦市にある『県立土浦第一高校(旧茨城県立土浦中学校)本館』で撮影されています。本館は明治37年(1904)に建てられたゴシック様式を基本とした建築物で国指定重要文化財です。)
また、ドラマでは梅岡女学校の校長と付属看護婦養成所の所長を兼任していますが、モデルとされる矢嶋楫子も、桜井女学校の校長代理と附属看護婦養成所の所長を兼任しています。
『明治のナイチンゲール 大関和物語』(著・田中ひかる/中央公論新社)によると、大関和と鈴木雅が通った桜井女学校附属看護婦養成所で、楫子は和に「看護それ自体によって救える命もあれば、看護婦という職業を確立し、女性の経済的な自立を図ることで、間接的に救える命もあります。ナイチンゲールも、『女性よ自立しなさい。自分の足で立ちなさい』と言っています」と伝えたそう。
ドラマの中では、梶原校長は、りんや直美とどのように関わっていくのでしょうか。
直接授業をするのは看護教師のバーンズ(エマ・ハワード)や英語講師の松井エイ(玄理)などが接するのでしょう。時折、なにか迷いや疑問などを抱いた悩む女生徒たちに、自身の経験や信念に基づいたアドバイスを伝えるのかもしれませんね。
病人を救う看護婦の職業は自立したい女性たちを救った
この当時、女性が経済的に自立をするための専門職は、教師くらいしかなかったとか。そのため、この時代にトレインド・ナースという職業が誕生したことは大きな意味を持ちます。
もちろん、当時全国的に猛威を振るった疫病に対する、専門的な知識と技術を持つトレインド・ナースは社会にとって非常に重要な職業でした。けれども、貧しくて遊郭に売られたものの逃げ出して看護婦になって独立した女性もいたそう。
看護婦は人の命を救う職業ではありましたが、この職業の存在そのものが、貧しかったり自立をしたかったり夫や親の支配から逃げたかったりなど「This is my Life」を求めている女性たちそのものを救ったのでしょう。
このドラマでよりトレインド・ナースの今までの歩みに注目が集まり、教育や働く現場が改善されていくといいなと思いつつ、物語の進行を見守りたいと思います。
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参考:
亀山美知子 大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語 ドメス出版
田中ひかる 明治のナイチンゲール 大関和物語 (中公文庫)
三浦綾子 われ弱ければ(小学館文庫)



