江戸時代の町民の税金ほぼゼロだった!?江戸幕府が“安定する社会”の為に作った経済システムとは:2ページ目
商人の富のバランス
さて、町民が無税であった一方で、商人の富が社会の秩序を揺るがすことはありませんでした。もちろん大名ですら頭が上がらないほどの豪商も存在しましたが、政治を左右するまでには至りません。
これは、幕府が政治と経済の主導権を常に握り続けるシステムを構築していたからです。江戸時代は商業活動が自由でしたが、行き過ぎた強欲や贅沢は厳しく処罰される対象でした。
これについては、大阪の豪商である淀屋が、あまりに贅沢を極めたとして全財産を没収された例が象徴的です。
幕府は、大らかな税制を導入する一方で、商人が武家を超える権力を持つことを防ぐために時には強権力で介入したのです。
また、富豪たちには「公」のための社会的責任が強く求められる風土がありました。
例えば、日本一の地主と称された庄内藩の本間家は、私財を投じて防風林の植林や飢饉対策に尽力したことで知られます。
一方で、武士の家計は江戸中期以降、物価の変動によって常に火の車でした。
しかし、それでも武家階級が大量に没落して社会が崩壊することがなかったのは、幕府が定期的に武士の借金を強制的に帳消しにする救済策を断行したからです。
この徳政令は約五十年周期で行われ、武士の破産をシステムとして防いでいたのです。
