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斎藤竜興から信長に寝返り!『豊臣兄弟!』に登場の“美濃三人衆”が辿ったそれぞれの末路

斎藤竜興から信長に寝返り!『豊臣兄弟!』に登場の“美濃三人衆”が辿ったそれぞれの末路:2ページ目

稲葉良通(いなば よしみち)

永正12年(1515年)生~天正16年(1589年)11月19日没

安藤氏の同族で、美濃国本郷城(岐阜県池田町)の城主を務めます。土岐頼芸と斎藤家三代に仕えたのは安藤守就と一緒で、永禄10年(1567年)に美濃三人衆はそろって信長に臣従しました。

織田家臣となってからも武功を重ね、『完成重脩諸家譜』によると1,200もの首級を上げて信長より感状を賜わったと伝えられます。

天正2年(1574年)には出家して稲葉一鉄(いってつ)と号し、これが頑固一徹の語源となりました。よほど頑固な性格だったのでしょうね。

医術についても才能があったようで、天正4年(1576年)に左足親指に腫物が出来た時、内服薬をもって治癒しています。この症例や治療法について綿密に記録をつけており、同じ年に天然痘を患った子供に投薬治療を実施、本復に導きました。

やがて本能寺の変で信長が横死を遂げると、美濃国人衆に団結を呼びかけ、斎藤利尭(としたか。道三四男)を擁立しようと画策したそうです。

その後動乱状態に陥っていた美濃国内で勢力を保ち、間もなく織田政権を継承(乗っ取り)した羽柴秀吉(池松壮亮)に臣従。その後も武功を上げました。

3ページ目 氏家直元(うじいえ なおもと)、武功を重ねるが……

 

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