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「恋愛心中」では終われない太宰治の最期…自死の決定打になった“最後の一押し”とは

「恋愛心中」では終われない太宰治の最期…自死の決定打になった“最後の一押し”とは:2ページ目

太宰を追い詰めた“最後の一押し”

さて、では心中の主導権が太宰にあったとして、その最後の一押しになった原因は何だったのでしょうか。彼を最終的に入水に追いやったのが富栄でないとすれば、それは誰だったのでしょう。

その答えは、おそらく税務署の職員です。

太宰の妻・津島美知子の回想録によると、1948年2月末、太宰の家に武蔵野税務署から通知が届き、前年所得21万円に対し11万7千円の所得税が課されることが告げられています。

ちなみに同時の11万円は、現在の価値で換算すると1,100万円ほどです。

確定申告というシステムがスタートしたのはこの前年のことで、これを太宰は知らなかったか、あるいは見て見ぬふりをしていました。経費計上もしていなかったため、収入のほぼ全額が課税対象となったのです。

太宰は原稿料や印税を全部自分で管理していたのです。「管理」と言ってもその大半は妻に内緒で酒・タバコ・薬に使い果たして、美知子に泣きながら「もうお金がない」と漏らしたそうです。

さらに決定的なのは、太宰の死の直前に税務署職員が富栄宅を訪れ、太宰と二人きりで話したという事実です。

その直後に入水が起きていることから、税務署からの圧力が太宰の精神を限界まで追い詰めた可能性は高いといえます。

こうして全体を見渡すと、太宰治の死は単なる恋愛心中ではなく、健康悪化、精神疲弊、複雑な女性関係、そして税務署からの巨額請求という複数の要因が重なった末の悲劇だったと読み取れます。

太宰治の最期は文学的なロマンではなく、現実の重圧に押しつぶされた人間の姿そのものでした。

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参考資料:
堀江宏樹『日本史 不適切にもほどがある話』三笠書房、2024年

画像:Wikipedia

 

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