手洗いをしっかりしよう!Japaaan

京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【後編】

京都 三条大橋「土下座像」の正体は? 実は土下座ではなかった尊皇思想家・高山彦九郎の忠義心【後編】:2ページ目

死後の評価

遺体は久留米の遍照院に葬られました。1869年(明治2年)、子孫に三人扶持が与えられ、1878年(明治11年)には正四位が追贈されています。郷里には高山神社が創建され、1996年(平成8年)には記念館も開館しました。

三条大橋に建てられた銅像は、戦時中に供出されましたが、1961年(昭和36年)に再建され、現在に至ります。通称「土下座像」と呼ばれますが、本来は天皇への敬意を形にした「望拝」の姿です。

高山彦九郎は、もともと身分の高い武士ではありませんでした。薩摩や長州のような大藩の志士たちに比べれば、彼は群馬の一郷士の出身にすぎません。しかし彼はそれを言い訳にせず、ただ「天皇に忠義を尽くす」という信念を胸に、北は津軽、南は鹿児島まで、ひたすら歩き続けました。

道中で見聞きしたことを細かく日記に書き留め、社寺の姿や農民の暮らし、飢饉に苦しむ人びとの現実を克明に記しました。その記録は後に吉田松陰ら幕末の志士たちが読み、国を思う心を奮い立たせる力となっていきます。

彼の生涯は46年という短さで幕を閉じましたが、「志に殉じた人」として長く記憶されました。

京都・三条大橋に立つ銅像が「土下座像」と呼ばれているのを見て、笑って通り過ぎる人もいるかもしれません。けれど本当は、御所に向かい頭を垂れた一人の男の強い思いが形になったものです。

もし橋の上を歩くことがあれば、その背後にある「ただ一心に国を思う心」を想像してみてください。銅像は今も静かに、志の大切さを語りかけています。

参考文献

  • 唐沢道隆『高山彦九郎 : 草莽之臣』(1943 国立国会図書館)
  • 千々和實・萩原進編『高山彦九郎全集』(1954 高山彦九郎遺稿刊行会)
  • 野間光辰『高山彦九郎 京都日記』(1974 淡交社)
  • 千々和實・萩原進編『高山彦九郎日記』(1978 西北出版)
  • 木部克己 編『高山彦九郎の実像 維新を呼んだ旅の思想家』(1993 あさを社)
  • 正田喜久『明治維新の先導者 高山彦九郎』(2007 みやま文庫
 

RELATED 関連する記事