
大河『べらぼう』にも登場、放蕩息子・長谷川平蔵はどう出世した?鬼の平蔵 誕生秘話【前編】:2ページ目
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父の死と遺産の食い潰し
明和元年(1764年)、平蔵が18歳の時に長谷川家は本所菊川町に屋敷替えとなりました。ただし、この頃に、小説で描かれるような荒れた生活をしていたことを示す史料は残っていません。
平蔵にとって大きな転機となったのが父の死です。父・宣雄は旗本の中でも傑出した人物であり、安永元年(1772年)に京都西町奉行に就きました。
そして交渉に手練れた僧侶や社人(神主)を相手に寺社訴訟を次々に処断していきます。ところが激務がたたり、就任後わずか8ヶ月で亡くなりました。
『京兆府尹記事』によると、宣雄の死は「貴賤問わずに惜しんだ」とのことでした。
一方、同書には平蔵の放蕩ぶりについても記述があります。
25歳だった平蔵は長谷川家の当主として小普請組に入ります。ここは「非役」と呼ばれる役無しの部署で、不祥事を起こした者や病気になった者、高齢者などが就く窓際族の部署でした。
暇を持て余した平蔵はここで放蕩生活を送ることになります。『京兆府尹記事』によると、父・宣雄が倹約をして貯めた財産を、悪友とともに遊里で豪遊して使い果たしたことが記されています。
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大河ドラマ『べらぼう』に放蕩息子として登場!長谷川平蔵はどう出世した?鬼の平蔵 誕生秘話【後編】
「大通」を気取る平蔵2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう』にも登場する、のちの「鬼平」こと長谷川平蔵。[caption id="attachment_241028" align="ali…
参考資料:縄田一男・菅野俊輔監修『鬼平と梅安が見た江戸の闇社会』2023年、宝島社新書
画像:photoAC,Wikipedia
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