酔っ払うまひろ&自制しない道長…大河ドラマ「光る君へ」第37回放送(9月29日)振り返り!:5ページ目
大晦日の盗賊騒動
寛弘5年(1008年)の大晦日(12月30日。旧暦は各月30日まで)。
夜中に悲鳴が聞こえて一騒動ありましたが、この様子も『紫式部日記』に記録されています。
……つごもりの夜、追儺はいと疾く果てぬれば、歯黒めつけなど、はかなきつくろひどもすとて、うちとけゐたるに、弁の内侍来て、物語りして臥したまへり。
内匠の蔵人は長押の下にゐて、あてきが縫ふ物の、重ねひねり教へなど、つくづくとしゐたるに、御前のかたにいみじくののしる。
内侍起こせど、とみにも起きず。人の泣き騒ぐ音の聞こゆるに、いとゆゆしくものもおぼえず。火かと思へど、さにはあらず。
「内匠の君、いざいざ」と先におし立てて、「ともかうも、宮下におはします。まづ参りて見たてまつらむ」と、内侍をあららかにつきおどろかして、三人ふるふふるふ、足も空にて参りたれば、裸なる人ぞ二人ゐたる。靫負、小兵部なりけり。かくなりけりと見るに、いよいよむくつけし。
御厨子所の人もみな出で、宮の侍も滝口も儺(やらい)果てけるままに、みなまかでにけり。手をたたきののしれど、いらへする人もなし。御膳宿りの刀自を呼び出でくたるに、「殿上に兵部丞といふ蔵人、呼べ呼べ」と、恥も忘れて口づから言ひたれば、たづねけれど、まかでにけり。つらきこと限りなし。
式部丞資業ぞ参りて、所々のさし油ども、ただ一人さし入れられてありく。人びとものおぼえず、向かひゐたるもあり。主上より御使ひなどあり。いみじう恐ろしうこそはべりしか。納殿にある御衣取り出でさせて、この人びとにたまふ。
朔日の装束は盗らざりければ、さりげもなくてあれど、裸姿は忘られず、恐ろしきものから、をかしうとも言はず。……
※『紫式部日記』より
【意訳】大晦日(つごもり)の夜、表を練り歩く追儺(ついな。鬼やらえ)の者たちも行ってしまった。
私(藤式部)たちはお歯黒をつけたりちょっとした繕いものをしたり、まったりしていると弁内侍(べんのないし)がやって来て、ベラベラしゃべくった挙句に寝てしまう。
内匠蔵人(たくみのくろうど)がまだ起きていると、中宮のいらっしゃる方から何か悲鳴が聞こえた。
「ねぇちょっと、内侍。起きて。起きてってば」
しかし弁内侍は疲れているのか起きてくれない。やがて悲鳴は大きくなり、何事かと心配になる。
火事かと思ったが、様子をうかがっているとそうではなさそうだ。
「内匠の君、あなたが先にいきなさい」
「何で私が?」
「中宮陛下が心配じゃないの?とにかく行きなさい!ホラ内侍もさっさと起きる!」
「むにゃ……」
弁内侍を叩き起して、三人女房はガクブルしながら進んでいくと、素っ裸の女性が二人いた。
よく見ると靱負(ゆげい)と小兵部(こひょうぶ)ではないか。何やってんのと聞けば、どうやら賊に身ぐるみ剥がされたらしい。
まだ賊が潜伏していたら自分たちも同じ目に……恐ろしくてたまらなかった。
「誰か!誰かいないの!」
手を叩き、はしたなくも声を上げて人を呼んだが、なかなか来ない。
御厨子所(みずしどころ)の者たちも中宮の侍(さぶらい。武士ではなく仕える者)たちも、挙げ句は滝口(たきぐち。内裏を護衛する武士)ですら、鬼追儺(やらえ)が終わったからと帰宅してしまったのだった。
もしかしたら、盗賊はこのタイミングを狙って侵入したのかも知れない。
「お呼びですか!」
ようやく宿直(とのゐ)していた御膳(みかしわで)の刀自(とじ。身分の低い女性)がやって来た。
「今夜は殿上に兵部丞(ひょうぶのじょう。弟の惟規)という蔵人が宿直しているはず。呼んで来なさい!」
本来なら、刀自と直接口を聞くなどはしたないにも程がある。しかしこの緊急事態に、そんなことは言っていられないのだ。
「はい、ただちに!」
そう言って惟規を呼びに行った刀自だが、彼女が戻って曰く
「あの、兵部丞は帰宅しちゃったそうです!」
とのこと。あの野郎、いつも肝心な時に限っていないんだから……恥ずかしいやら悔しいやら、怒りに燃える藤式部であった。
そうこうしている内に、式部丞の資業(すけなり)が来て、あちこちの燭台に灯りをつけてくれた。
辺りがようやく明るくなって、ようやくホッとしたところへ、中宮の使いがやって来て、先ほど丸裸にされた靱負と小兵部に衣を下さる。誠にかたじけない限りだろう。
明日(元日)儀式に着る装束は盗まれておらず、ひとまずは安心した。
それにしても、あの二人の哀れな姿と言ったら……恐ろしい反面、ついおかしくなってしまうのである。
……という事でした。