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お田鶴の方だけじゃない!”おんな城主” として戦国乱世を生きた6人の女性たち

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古河公方家と小弓公方家を統一した足利氏姫

足利氏姫(うじひめ)は、天正2年(1574)に5代目古河公方・足利義氏の娘として生まれます。氏姫には弟の足利梅千代王丸がいましたが、既に亡くなっていました。

そのため、天正11年(1583)に義氏が亡くなると、9歳にして古河公方家の家督を相続しました。

そして、天正18年(1590)の小田原の役で後北条家が滅亡すると、氏姫は古河城から立ち退きを命じられます。その後、鴻巣御所に移動しました。

翌年には豊臣秀吉の命により、小弓公方・足利頼純の長男である足利国朝と結婚。これによって対立関係にあった古河公方家と小弓公方家の統一が成されました。

この時に秀吉から喜連川(きつれがわ)の地を与えられますが、氏姫は鴻巣御所に住み続けました。

関ヶ原の戦い後には喜連川が喜連川藩となるも、氏姫は鴻巣御所に住み続けます。結局、氏姫は喜連川の地を踏むことなく、元和6年(1620)に46歳で亡くなりました。

6ページ目 老齢にして後北条家と戦った妙印尼

 

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