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戦国時代の始まりは応仁の乱ではない!?「関東の三十年戦争」享徳の乱とは【後編】

戦国時代の始まりは応仁の乱ではない!?「関東の三十年戦争」享徳の乱とは【後編】

武士たちの離反、そして和睦

室町幕府と、足利成氏との間で和睦が成立したのは1482年のことです。

最初は、関東の武士たちはもともとの主君である足利成氏の味方だったのですが、将軍の足利義政が、上杉側に就く態度を明確にし、なんと錦の御旗を上杉家に与えたのです。

言うまでもなく錦の御旗は、天皇が味方についたという証です。

それだけではなく、幕府は上杉家に牙旗(がき)と呼ばれる、将軍が味方につくという証まで与えました。

成氏は朝敵となってしまい、武士たちも離れていきました。

また、上杉家の方でも内紛が起こり、敵が増えたことで古河公方と争っている場合じゃない……ということになり、双方とも追い詰められた形で1482年に和睦が成立しました。

応仁の乱よりも10年も早く発生し、関東の三十年戦争と呼ばれた享徳の乱は、このように発生・終息していきました。

その後の歴史を見ていくと、この争乱は全国的な乱世の前兆であり、関東と京都の対立の構図まで生み出した、とても重要なポイントであることが分かります。

参考資料
刀剣ワールド
『オールカラー図解 流れがわかる戦国史』かみゆ歴史編集部・2022年

 

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