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京都大学の歴史をたどる…名門大学はどのようにできていったのか【後編】

京都大学の歴史をたどる…名門大学はどのようにできていったのか【後編】:2ページ目

学徒出陣~現代へ

昭和18(1943)年10月には、それまで認められていた高等教育機関在学者の徴集猶予が停止され、文科系を中心とした2千名近くの学生が陸海軍に入隊することに。

11月20日には農学部グラウンドで出陣学徒壮行式が行われ、学生が続々と戦場に赴きました。学徒出陣壮行会では、総長の羽田亨を先頭に平安神宮に参拝、必勝を祈願したといいます。

その後、敗戦までの間にも学生の入隊は続き、京都大学からは戦争の期間中4,700名を超える学生が入隊し、264名が学生の身分のまま戦死しています。

第二次世界大戦が終結すると、公職追放によって大学を免職になる教授が出る一方で、滝川事件で大学を去っていた滝川幸辰らが大学に復帰しました。

昭和21(1946)年からは女子の入学が認められ、創立50周年に当たる昭和22(1947)年には大学名から「帝国」が削られて京都大学と改称します。そして、昭和24(1949)年には第三高等学校を統合して新制大学となり現在に至っています。

参考資料
京都大学社会科学研究会ピース・ナビ
京都大学の歴史

 

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