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実は心眼の使い手だった!?新選組の独眼竜「平山五郎」の生涯【三】

実は心眼の使い手だった!?新選組の独眼竜「平山五郎」の生涯【三】:2ページ目

水戸派VS試衛館派……繰り広げられる内輪もめ

……とは言え、芹沢も近藤も互いを利用しようと手を組んだに過ぎないため、壬生浪士組の内部では芹沢率いる「水戸派」と、近藤率いる「試衛館派」に分裂した状態が続きました。

そんな状態を解決するべく「芹沢さんも近藤さんも落ち着いて……これからは、私が壬生浪士組のトップに就任して、皆さんをまとめましょう!」と意気込んだ殿内義雄(とのうち よしお)が「「てめぇは黙ってろ!」」とばかりに暗殺されてしまいます。

犯人は水戸派か試衛館派か、あるいは長州藩士か、心当たり(性格に難?)がありすぎて真相は謎のままですが、下らない内輪もめにうんざりした根岸友山(ねぎし ゆうざん)や粕谷新五郎(かすや しんごろう)らが次々に去っていき、いよいよ芹沢ⅤS近藤の対立構造が鮮明に。

権力争いの一環として五郎は副長助勤に就任しますが、特に何を補助する訳でもなさそうで、あまり実態のない役職だったみたいです。

【壬生浪士組・役職図】
局長:芹沢鴨、近藤勇、新見錦
副長:平間重助、土方歳三、山南敬助
副長助勤:平山五郎、野口健司、沖田総司、永倉新八、斎藤一、井上源三郎、藤堂平助、原田左之助……
※芹沢を除き順不同。諸説あり

「……よそでやっておくんなはれ」

浪士組の上洛以来、芹沢・近藤たちに自宅を間借りさせ(られ)ていた壬生村の郷士・八木源之丞応迅(やぎ げんのじょうまさはや)は、ご近所さんから「身ぼろ組(身なりの貧しい、野蛮な関東の連中)」などと陰口を叩かれて、うんざりしていました。

わざわざ関東くんだりからやって来て、何をするでもなくぶらぶら暮らして金銭食糧を強請(ゆす)りたかり、内輪もめばかりしている自称「勤皇報国の志士」集団……さぞや迷惑だったことでしょう。

3ページ目 会津藩お預かりで「身ぼろ組」を卒業

 

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