どんな美女にもまさる姫君!「源氏物語」ヒロインで極度のコミュ障・末摘花の恋愛エピソード【一】:3ページ目
どうにか逢瀬は果たしたものの……
「……という訳で、姫様。光源氏をお連れしたいのですが……」
大輔の命婦は常陸宮の姫君に、事の次第を伝えました。命婦はこの屋敷に出入りしており、光源氏に姫君の話題を出したのも、それとなく経済援助を求めるためだったので、二人の仲が睦まじくなれば、それが容易になります。
「……でもね命婦、わたくし……」
今を時めく貴公子・光源氏に(まだ会ってもいないのに)見初められたとあれば、これ以上の幸運はそうあるものでもありませんが、
「……きちんとした仲人もなく殿方とお会いするなど……そんなはしたないこと……」
姫君はそう口ごもってしまうのでした。
どうもこの姫君は、やんごとなき家柄ゆえに受けた教育が極端に古めかしく、また生来のコミュ障(※3)とあって世知に疎かったようです。
(いやいや……今どき自由恋愛に仲人を立てるような人なんて、いませんから!)
ツッコミをどうにか喉元でこらえつつ、どうにか光源氏と会う約束をとりつけます。この機会を逃したら、傾いていく常陸宮家を建て直せません。
「おぉ、お会い下さるのか!」
命婦からの報せを受けた光源氏は、喜び勇んでいそいそ通い詰めます……と言ってもすぐにご対面とはいかず、逢瀬の回数を重ねた末に迎え入れてもらうのがマナーでした。
そこで、一刻も早く姫君に受け入れてもらえるよう、せっせとラブレター(恋の歌)を贈った光源氏ですが、その返事は一向に来ません。
「……あれ?」
こういう場合、好き嫌い=恋の成否に関係なく返歌(お返しの和歌)が来るのが普通で、よっぽど身分が釣り合わないなど、とるに足らない相手であれば無視されてしまうこともなくはありませんが、光源氏に限ってそれはあり得ませんでした。
「なぜだ……なぜなのだ姫君……っ!」
これまでフラれた経験がないでもない光源氏ですが、返歌すら貰えないという異常事態は流石にショックで、ちょっと思い悩んでしまいました。
……が、実は何ということもなく、この姫君は和歌がとっても苦手で、返歌を書こうと頑張ってはいたのですが、あまりにも思いつかず、とうとう知恵熱を出して寝込んでしまっていたのでした。
さて、こんな調子で光源氏は、常陸宮の姫君を落とせるのでしょうか。
(※1)ちきょうだい。同じ乳母に育てられた(母乳を飲んだ)ことにより、血を分けた兄弟姉妹と同等かそれ以上の絆を持つことが多かった。
(※2)当時、光源氏と疎遠になっていた元カノ・六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)のもの。
(※3)コミュニケーション障害。人見知りのもっと極端な状態およびその人を指す。
※参考文献:
田中順子・芦部寿江『イメージで読む源氏物語〈4〉末摘花』一莖書房、2002年8月