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桃太郎には桃から生まれた「果生型」と、おばあさんが若返る「回春型」の2パターンある【1】

桃太郎には桃から生まれた「果生型」と、おばあさんが若返る「回春型」の2パターンある【1】

名もなき人々が語り継いだ物語

昔話の種となるものは、古代から中世の間に生まれたと考えられます。それがいつしか物語として形作られ、長い時間をかけて西へ東へ、日本各地に広まります。

ほとんどが口伝でよるもので、その過程で伝言ゲームのように変化していきました。語り手がアドリブで変えた設定が、その地域では定着することもあったでしょう。ですから、桃太郎ひとつとってみても、設定やディテールが違うものが無数に存在します。

桃太郎の生まれ方も、「箱から生まれる」「タンスから生まれる」など、何だそりゃ!?というものがいっぱいです。そのなかに「おばあさんが桃を食べたら、桃太郎が生まれた」とするものもあります。もしかしたら赤本の作者は、それを土台にしたのかもしれません。

とはいえ「桃を食べたら生まれる」展開は、全体から見れば一部です。口頭伝承の桃太郎誕生シーンの主流は「桃から生まれる」だったようです。

また、赤本は流行したとはいえ、主たる読者は都市に住む町人だったでしょう。交通事情などを考えれば、全国の山村漁村にまで赤本が行き渡ったとは考えにくいです。

つまりテレビやインターネットのように、ひとつのイメージを固定してしまうほどの影響力はなかったでしょう。

民俗学者の柳田国男は、赤本版に対して否定的でした。昔話を研究し『桃太郎の誕生』を著わした柳田は、桃太郎は地方で語られる果生型こそ先にあると考えたのです。

そうした名もなき村人たちが語り継いできた昔話も、大正時代から現代にかけて採集されることになります。民俗学者や昔話の研究者たちが、語り手たちから聞き取り記録しました。柳田国男も昔話採集を推進しています。

こうして昔話集などに収録されたそれは、数万単位の膨大な量で、そのなかで桃太郎の類話は大きな割合を占めています。これが、いろいろな桃太郎が存在した証といえるでしょう。

変な桃太郎がいっぱい!……だったのに

「若返り説」を全否定するわけではないんです。江戸時代の絵本は貴重な資料であり、「出版された桃太郎」の元祖であることは間違いないでしょう。ただ、「これが桃太郎の唯一無二の原作だ!」という解釈が浸透し、昔話の広大無辺な世界が狭まってしまうのが、もったいないのです。

桃太郎という名の少年の物語は、星の数ほど存在します。桃が川を流れてくる音も「どんぶらこ」だけではありません。「おばあさんから生まれた桃太郎」も、たくさんの桃太郎の一部なのです。

そんな桃太郎が、明治時代には近代的な絵本になり、教科書に載り唱歌として歌われます。こうした出版物では、赤本のような回春型が消え、果生型が主流になりました。それだけでなく、物語がひとつの型にはめらるという現象がおこります。日本中の変で楽しい桃太郎たちは、いつしか忘れられていきました。

文明開化によって変わった桃太郎。そこには「教育上よろしくない」だけでない事情がありました。

参考文献:
『図説 日本の昔話』石井正己(河出書房新社)
『桃太郎はニートだった! 日本昔話は人生の大ヒント』石井正己(講談社+α新書)
『昔話と絵本』石井正己 編(三弥井書店)
『新・桃太郎の誕生 日本の「桃ノ子太郎」たち』野村純一(吉川弘文館)
『定本 柳田國男集 第八巻』(筑摩書房)
『小澤俊夫の昔話講座①入門編 こんにちは、昔話です』小沢俊夫(小澤昔ばなし研究所)
『桃太郎話 みんな違って面白い』立石憲利 編著(岡山市デジタルミュージアム)
『昔話の発見ー日本昔話入門ー』武田正(岩田書院)

画像出典:写真AC

 

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