歴史・文化 - 日本文化と今をつなぐ。Japaaan

平安時代の超イケメン貴族・在原業平、単なるチャラ男ではなく野心家でもあった

平安時代の超イケメン貴族・在原業平、単なるチャラ男ではなく野心家でもあった

日本史には何人もの英雄・色男が登場し、後世の男性がうらやましがるほど女性にもてた男もいました。しかし、交際した女性の数が具体的に残されているのは、おそらく平安時代の貴族で歌人・在原業平(ありわらのなりひら)以外にはいないのではないでしょうか。

有名な兄弟歌人に注目!イケメン色好みな名歌人・在原業平と手腕をふるった政治家・在原行平

同じ兄弟でもこんなに違った個性が!平安時代の兄弟歌人同じ親から生まれた兄弟なのに、性格や考え方、個性などが「別人!?」と思われるほど違っていることは、昔も今もよくあります。例えば、かつて「若貴フィ…

天皇と相撲をとって椅子を破壊?平安朝一の色男・在原業平の意外な一面

「伊勢物語」の昔男・在原業平在原業平といえば、「伊勢物語」の昔男のモデルとして有名です。二条の后(陽成天皇の生母・藤原高子)や、伊勢の斎宮との密通など、数々の女性と浮名を流したプレイボーイとして描…

業平は平城天皇の皇子・阿保親王の五男でしたが、平城天皇は嵯峨天皇に譲位後、政権を取り戻そうと反乱を起こしますが失敗。上皇の関係者は処罰され、平城上皇自身は隠居生活をすることになります。

この事件によって、平城天皇の子孫たちが次期天皇候補から除外され、皇族としても微妙な立場に立たされました。当時、皇位継承の可能性がないものは、「臣籍降下」することになっていました。この時代、皇族があまりにも増えすぎて、それが国家財政を逼迫していました。「臣籍降下」は皇族を減らすための苦肉の策だったわけですが、出世コースから外れてしまった業平は臣籍に下ったのです。

2ページ目 女子を口説くことには超天才的な在原業平

 

RELATED 関連する記事