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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第20話
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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第19話
◼︎文化八年、二月(2)
芳三郎は中庭に降り、思い切り手水鉢を蹴りつけた。岩はびくともせずに、足がじんじんしびれた。
「歌川歌川言いやがって、歌川の絵って何でエ!?」
腹が立って仕方がなかった。
なぜ国貞のような人物が歌川の看板を背負っているのか。なぜあんな人間の絵を江戸ッ子達は好んで買うのか。豊国も豊国だ。あの狐のような国貞にいつもべったりで、ひどく甘い。金と才さえあれば中身がどんな人物でも構わないというのか。
藍じみた紺屋のガキが、という国貞の嘲笑が頭の中に反芻した。
「言われなくたって分かってらア」
今までもずっと、引け目に思っていた。
実家が貧乏な紺屋である事を。
ずっと探していた。
爪の間まで藍じみた野暮な紺屋職人になる以外の道を。
ここではないどこか。
光り輝くどこか。
遠い遠い、どこか。
幼少の頃から、母親が与えてくれた武者絵本の中や、貸本屋で借りた源平合戦の絵巻の中に夢を見ていた。
今とはかけ離れた場所がどこかにあるのではないかと。
ひたすらに、模写をした。
模写をすれば、自分が絵の中の武者になれるかのように、夢中で模写をした。
そして掴んだのだ。
江戸一番の大御所絵師、歌川豊国の弟子になるという一世一代の夢を。
紺屋の親の勘当を受けても、芳三郎はその道を選んだ。
しかし今、輝かしいはずだったその道の先で、実家が裕福でないという事実をより鮮明に突きつけられて苦しんでいる。
(もうどこにもおいらの居場所なんざア、ねエんじゃねえのか)
心がひどく動揺した。
慌てて柄杓で手水鉢の水を掬し、一口煽った。
「冷(ち)べてえ」
芳三郎はその驚くほどの冷たさに少しばかり冷静を取り戻し、硯にべったり付いた墨を柄杓で流した。
「こんチキショウ、のろま、トンチキ、馬鹿、あほ、トンチンカン、かんちょうらいのすっとこどっこい!」
悪態を吐くだけついてふと顔を上げると、いつも閉まっている障子がほんの三寸ほど開いていた。
部屋の内部が見える。
「なんだ、これ・・・・・・」
中庭に面したその部屋には、壁という壁に所狭しと様々な張り子の面(めん)が掛けられていた。
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