『ブラッサム』珠が働く「悠楽軒」は本当にあった!わずか18日のバイトで芥川龍之介らと交差した運命の場所
朝ドラ「ブラッサム」には、印象的な場所が登場します。ヒロイン・葉野珠が東京で働くことになる「悠楽軒(劇中表記:悠樂軒)」もその一つです。
この場所のモデルとなったのが,大正時代の東京・本郷にあり,当代一流の文学者や芸術家たちが集まる「燕楽軒(えんらくけん)」でした。
フランス料理を提供する立派な洋館には、芥川龍之介や菊池寛、久米正雄、佐藤春夫らが出入りしていたといいます。
珠のモデルである宇野千代も、同店で給仕として勤務。わずか18日間だったようですが,この場所で彼女の運命が変わりました。
燕楽軒は単に文豪たちが食事を楽しむ場所ではありません。編集者や画家たちも集まり、大正時代の文化人たちの交流を支えていたのです。
燕楽軒は千代たちとどう関わり,どう愛され,どのような道を辿ったのでしょうか。
燕楽軒の歴史を見ていきましょう。
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創業者には諸説あり。創業は上野精養軒の妹尾勇吉か?それとも築地精養軒の西尾益吉か?
燕楽軒の始まりは、大正時代の初期に遡ります。
大正4(1915)年、上野精養軒の支配人であった妹尾勇吉が開業。大正7(1918)年に料理人・西尾益吉が経営を引き継いだとされています(諸説あり)。
西尾は築地精養軒で働いたのち、渡仏してパリのホテル・リッツで修行。フランス料理の大家であるオーギュスト・エスコフィエがリッツにいた時期でした。
その後、帰国した西尾は築地精養軒の料理長に就任。日本に本格的な西洋料理を根付かせるべく活動していました。
その後、築地精養軒の全盛期を築いた西尾が経営に関わったのが、他ならぬ本郷の燕楽軒だったのです。
三階建ての洋館を構えた高級レストラン!本郷の一等地に開かれた西洋料理店
燕楽軒があったのは、東京市本郷区(現在の東京都文京区)、本郷三丁目交差点からほど近い場所でした。
本郷通りと菊坂が交わる一角には、かつて大きな三階建ての洋館「燕楽軒」が建っていたと伝わります。
建物の敷地が320坪余りあり、一階には150人収容の酒場、二階と三階には食堂や待合室などが設けられ、200人規模の宴会にも対応できたとする記述があります。
現在の本郷周辺といえば東京大学のある学生街として知られています。
明治から大正にかけては、大学関係者に加えて多くの文学者や芸術家が集まる地域でもありました。
燕楽軒周辺には出版社や書店、学生向けの下宿などが点在。知識人たちの交流が盛んだったのです。
本郷の学生たちが通う食堂とは異なり、燕楽軒は文学者や編集者、大学関係者などが利用する格式あるレストランとして知られていました。




