手洗いをしっかりしよう!Japaaan

『豊臣兄弟!』ついに「秀長」誕生!織田信雄のその後、丹羽長秀の最期は?第35回「小牧・長久手の戦い」深堀り

『豊臣兄弟!』ついに「秀長」誕生!織田信雄のその後、丹羽長秀の最期は?第35回「小牧・長久手の戦い」深堀り

今回は羽柴秀吉(池松壮亮)と徳川家康(松下洸平)が本気でぶつかり合った小牧・長久手の戦いが描かれました。

戦上手の家康を前に苦戦を強いられた秀吉に、小一郎(仲野太賀)が織田信雄(山脇辰哉)との和睦を持ちかけ、政治的な逆転勝利を収めます。

そんな中、丹羽長秀(池田鉄洋)から「秀吉に、信長公を越えさせろ」と託された小一郎は、自らの諱を羽柴美濃守「長秀」をひっくり返して「秀長」と改名したのでした。

かくして「秀長誕生」を遂げた第35回放送から、気になったトピックを振り返って参りましょう!

※関連記事:

『豊臣兄弟!』秀吉vs家康の決戦場へ!「小牧・長久手の戦い」の古戦場を巡るおすすめルート解説

大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、多くの合戦が取り上げられますが、第35回放送で描かれた、羽柴秀吉と徳川家康が激突した小牧・長久手の戦いもその一つ。[insert_post id=287156]名…

【豊臣兄弟!】本多忠勝vs加藤清正「小牧・長久手」“幻の一騎打ち”と2人に隠された意外な共通点

本多忠勝といえば、徳川家康に仕えた「天下無双の猛将」として知られています。一方、加藤清正もまた、豊臣秀吉の家臣として数々の戦場を駆けた武勇の人です。そんな二人が、大河ドラマ「豊臣兄弟!」で今後…

小牧・長久手の戦い略年表

天正12年(1584年)3月から11月にかけて、約8ヶ月間という長期戦になった小牧・長久手の戦い。その流れをざっくりつかんでおきたいと思います。

  • 3月13日 家康が清洲城に入る
  • 同日 池田恒興が秀吉に寝返り犬山城を占拠する
  • 3月16日 森長可が池田恒興に合流する
  • 3月17日 松平家忠・酒井忠次らが池田恒興・森長可らを奇襲(羽黒の戦い)
  • 3月18日 家康が小牧山城を占拠する
  • 3月21日 秀吉が大坂城から出陣する
  • 3月25日 秀吉が岐阜城へ到着する
  • 3月27日 秀吉が犬山城へ入る
  • 両軍がしばらくにらみ合い、戦線が膠着する
  • 4月6日 「三河中入り」のため池田恒興・森長可・堀秀政・三好信吉らが出陣する
  • 4月7日 徳川勢が「三河中入り」の情報を把握する
  • 4月8日 榊原康政・大須賀康高・丹羽氏次・水野忠重らが出陣する
  • 4月9日 池田恒興らが徳川方の岩崎城を攻略する
  • 同日 休息していた三好信吉の部隊が榊原康政らの奇襲を受けて壊滅する(白山林の戦い)
  • 同日 榊原康政らが続けて堀秀政の部隊を襲撃するが、返り討ちに遭う(桧ヶ根の戦い)
  • 同日 三好信吉らの敗走を知った池田恒興らが徳川本隊と交戦し、討死する(長久手の戦い)
  • 同日 秀吉本隊が陽動のため小牧山城を攻撃するが、楽田城に引き返す
  • その後、再びにらみ合いとなり、戦線が膠着する
  • 6月13日 秀吉が岐阜城へ移動する
  • 6月28日 秀吉が大坂城へ帰還する

秀吉が帰還したことで、家康も最前線の小牧山城を酒井忠次(天野ひろゆき)に任せて清洲城へ移りました。

その他にも北陸・四国・関東で羽柴方と徳川方の戦闘が繰り広げられたのは、劇中にある通りです。

やがて9月ごろから和睦交渉が模索され、11月12日に信雄が秀吉と和睦し、続いて家康とも和睦しました。

【豊臣兄弟!】遂に秀吉vs家康の直接対決、勝敗は?全国の猛将が結集「小牧・長久手の戦い」の結末

信長亡き後の織田政権をめぐり、羽柴秀吉は清須会議の決定を破棄して織田信雄を担ぎ上げ、織田信孝・柴田勝家らを謀叛人として討伐しました(賤ヶ岳の戦い)。これで一安心かと思いきや、秀吉はもう用済みと…

2ページ目 割愛された森長可、反省しない三好信吉

 

RELATED 関連する記事