朝ドラ「風、薫る」娘に遺した志…ヒロインの父・一ノ瀬信右衛門(北村一輝)のモデル・大関弾右衛門の生涯
朝ドラ「風、薫る」には、思わず来歴を知りたくなる人物が何人も登場します。なかでも注目したいのが、ヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)の父・信右衛門(北村一輝)のモデルとなった 大関弾右衛門増虎 です。
大関弾右衛門は、幕末の黒羽藩で藩政改革に携わり、鉱山経営、軍備、教育の整備まで担った重臣でした。
藩主からの信任も厚く、黒羽藩の行く末を支える存在として重きをなしました。けれど、その人生は順風満帆ではありません。主君の急死、幕末維新の激変、そして揺れ動く時代のなかで、難しい決断を迫られていきます。
激動の時代に、大関弾右衛門は何を守ろうとしたのか。そして、その背中は娘に何を残したのでしょうか。
今回は、近代看護の先駆者を育んだ父・大関弾右衛門増虎の生涯をたどります。
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黒羽藩を支えた重臣としての歩み
文政9(1826)年または文政10(1827)年頃、大関弾右衛門増虎は黒羽藩士の子として生を受けました。
生まれた家は、藩主大関家の支族に属する家柄です。
弾右衛門は給人筆頭大目付を経て、元治元(1864)年2月に藩主大関増裕のもとで家老に就任。藩政改革・軍備・教育に尽力しました。
彼の事績として特に注目されるのが、硫黄採掘をはじめとする産業振興です。
黒羽藩は小藩であり、財政基盤は決して強固ではありませんでした。その中で増虎は、鉱山業務の実務を担い、藩財政の立て直しに深く関与しました。
単なる家格の高い武士ではなく、実際に藩の経済を動かす現場型の家老だったことがうかがえます。
幕末の藩政改革というと軍事や政治に目が向きがちですが、弾右衛門の足跡からは、地方の小藩が生き残るために、産業と財政の再建がどれほど切実だったかが見えてきますね。
また、彼の家庭も後世に大きな影響を残酢ことになります。
安政5(1858)年4月11日、弾右衛門と妻・哲(テツ)の間に次女の娘の和が誕生。のちに近代看護の先駆者として知られる存在になります。
父の生きた幕末維新の緊張感、そして家の中にあった責任感や公共心は、和の人生観にも少なからず影響したはずです。
大関弾右衛門は、歴史の表舞台で名を残す大名ではありませんが、近代日本へつながる人材を育んだ父でもありました。


