幕末のパスポートには写真がない…福沢諭吉は代わりに“鼻の形”で本人チェックされていた!?
突然ですが、読者の皆さんは「パスポート」って持っていますか? 今は顔写真がついているのが当たり前ですが、昔はもっと「アナログ」で、ちょっと「恥ずかしい」ものだったんです。
日本初の海外渡航者の一人、福沢諭吉がどんな思いで世界へ飛び出したのか、その裏話を紹介します。
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海外に行ったら死刑!? 鎖国の終わり
江戸時代の日本は、ずっと「鎖国」をしていて、勝手に海外へ行くことは絶対に許されませんでした。もし内緒で海を渡ろうとしてバレたら、死刑になることもあるほど厳しいルールだったんです。
でも、幕末になると幕府も「外の世界を知らないとマズい!」と気づき始めます。1860年、咸臨丸使節団としてアメリカへ渡航が認められ、その通訳役に抜擢されたのが若き日の福沢諭吉でした。
これが彼の海外初挑戦で、日本の開国期を象徴する出来事です。
写真はナシ! 自分の顔を「言葉」で説明する?
一番驚くのは、当時のパスポートには「写真」がなかったことです。カメラがまだ珍しい時代ですから、写真を貼るなんて考えられませんでした。
じゃあ、どうやって本人だと証明したのでしょうか?
実は、書類に「身体の特徴」を細かく文章で書いていました。諭吉のパスポート類似書類には、「背はこれくらい」「鼻の形はこう」「目に特徴がある」といったことが詳しく記され、入国審査のたびに外国の役人に顔をじろじろ見られながらチェックされていたのです。
今の私たちからしたら、ちょっと恥ずかしくて笑っちゃいますよね。
2ページ目 諭吉が持ち帰った、1万円以上の価値があるものとは?

