江戸時代、吉原遊廓で活躍した「男芸者」とは?『吉原細見五葉松』よりその顔ぶれを紹介【大河べらぼう】
江戸時代、天下御免の色里として名所となっていた吉原遊廓。
遊郭だから遊女が主役なのは当然ですが、吉原で活躍していたのは彼女たちだけではありませんでした。
今回は蔦屋重三郎が天明4年(1786年)に発行した『吉原細見五葉松(よしわらさいけん・ごようのまつ)』から、男芸者と呼ばれた人々を紹介したいと思います。
果たして男芸者とは、どんな活躍をしていたのでしょうか。
吉原細見とは?男芸者とは?
その前に、まず吉原細見(よしわらさいけん)とは何か簡単に説明しますと、吉原遊郭のガイドブック。現代で言えば風俗情報誌のようなものです。
どこの店にどんな遊女がいるか、吉原遊郭の街並みが手に取るように分かりました。
これに創意工夫を盛り込んだのが蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)。吉原細見をキッカケとして出版界に台頭し、やがては江戸のメディア王に成長していくのでした。
話を戻して、今回のテーマである男芸者の紹介欄は後半。女芸者と同じページに収録されています。
「女芸者って、遊女じゃないの?」
そんな疑問もありましたが、彼ら彼女らは芸者という名のとおり、芸は売っても身は売りません。
もしかしたら「男芸者とは男娼(陰間)のことか」と思われて(期待して?)いたかも知れませんが、別物です。
それでは男芸者たちが吉原遊郭でどんな芸を売っていたのか、見ていきましょう。