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正室VS側室!6代将軍・徳川家宣 時代の大奥が史上最強にドロドロすぎた件 その1

正室VS側室!6代将軍・徳川家宣 時代の大奥が史上最強にドロドロすぎた件 その1:2ページ目

 

月光院に男子誕生

家宣の側室は生涯で3人。正室の天英院はその中のお須免の方(おすめのかた)という側室のバックアップに回り、大五郎という男の子を産ませます。しかしその大五郎も早世。次に家宣の側室となった女性こそ、天英院と長期に渡ってバトルを繰り広げる月光院(当時はお喜世の方)でした。

月光院は大五郎の死の後、待望の男の子を出産。鍋松と名付けられたその男の子こそ、のちの7代将軍・徳川家継でした。

慌てる天英院

慌てたのは天英院です。家宣が天英院に寄せる信頼は厚く、将軍に就任したのちもたびたび江戸城内の吹上と呼ばれる庭園を2人で散歩したり、家宣が政治の事で悩んだ時には手紙や文書を天英院に見せて相談したりしていたにも関わらず、彼女には跡継ぎが居なかったために大奥内での力を月光院に奪われんとしていたのです。

天英院は鍋松誕生の2年後には再度お須免の方に虎吉という男の子を生ませていますが、その虎吉もすぐに亡くなります。

3ページ目 家宣死去で最年少将軍誕生!

 

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