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「いだてん」第9話振り返り。金栗四三が経験した2週間もかかるシベリア鉄道の旅

「いだてん」第9話振り返り。金栗四三が経験した2週間もかかるシベリア鉄道の旅

「いだてん」第9話が放送されました。

前回の第8話はこちら。

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前回、オリンピックが開催されるストックホルムへ向けて旅立った四三と弥彦。団長である嘉納治五郎が同行できなくなるなどのトラブルがありながら、船で大陸へ渡り、そこからはシベリア鉄道で大陸を横断する長い旅がスタートしました。

その距離、モスクワからウラジオストクまで全長9,289km(正確にはチェリャビンスクからウラジオストクまでの7,416kmの区間)。日本列島の全長がおよそ3300kmとされているので、だいたい日本列島を縦に3つ並べたほどの距離があるということ。

シベリア鉄道の地図(1897年当時の路線、ドイツで出版されたもの)

 

個室があるとはいえ狭いコンパートメント内に4人の男が横になって寝るわけですから、ストレスは大きかったでしょう。ここまでの四三は人がよくて素直、走るのが大好き、前向きな姿ばかりが描かれましたが、ここにきてストレスが爆発したのか……日本に送った手紙や自分の日記には黒い部分も見え隠れするようになりました。同胞の弥彦にも、大森夫妻への不満を打ち明けていました。

実際、金栗四三がいいコンディションでオリンピックに臨めなかった理由のひとつには、20日間の旅による負担が大きかったことがあると言われています。

あの四三がストレスでやられてしまうほどのシベリア鉄道の旅、かなり辛かったのでしょうね……。

2ページ目 当時は2週間もかかった

 

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