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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第25話

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「たでえまア!」

「おかえりなさい、芳さん」

かまちにどっかり座った国芳を、佐吉はいつもの涼しい笑顔で迎えた。

「どうだった、でっけえ魚にありつけそうかえ?」

「いんや、さっぱりだ!」

そう言う国芳は少しも落ち込む様子はなく、飛び出す前と同じ場所に腰を据え、猛然と絵を描き始めた。佐吉がそんな国芳の背後で、生まれつき口角のきゅっとあがったくちびるを開いた。

「ずっと訊きてえと思ってたんだけどさ」、

芳さんって、

「なんで全然めげねえの」。

「それア、傍観者のいうことだ」

国芳は顔を上げもせずに言った。

「ボウカンシャ?」

佐吉はきょとんとしたが、突然「あ!」と素っ頓狂な声を上げた。国芳は思わずびくりと筆を止めた。

「何だよ急にでけえ声出して」

国芳は、怪訝そうに顔だけ振り返った。

「思い出した!」

「なに」

「芳さんに、頼みてえ仕事。・・・・・・」

佐吉は何かを含んだ目で笑った。なんだ、と国芳が懐に手を突っ込んで胸元を掻きつつ訊いた。

「また冗談か洒落をかましたら、いよいよぶん殴るぜ」

「あのね、おいらの背中に、龍の絵を描いておくんなよ。刺青(ほりもの)を入れてえんだ」

「何!」

いきなりなに抜かしやがる、と国芳は驚きのあまり半分怒ったように言った。

「良いじゃねえの、芳さん」

「おめえみてえに肌の白くて綺麗な男が、何でまた刺青なんて思い付くかねエ」

「何でって、格好良いじゃない」。

佐吉が、涼やかに微笑んだ。

この男はいつもそうだ。

怖いという感情を母親の腹の中に置き忘れたらしい。涼やかな目でさも楽しそうに、とんでもない大きな事を突然言い出す。

「蒸し暑くなる前にやっちまいたいんだ。暑くなると、下手すりゃ肌膚が腐るっていうから」

ねえ、駄目?と拝むようにする佐吉に、国芳はふっと笑って頷いた。

「いいぜ。」

「ほんにかえ!?断られるかと思ったア」

「断るもんか。他の絵師にお前の身体汚されるくれえならわっちが描くさ。それに」、

「それに?」

国芳の目に、ふうっと強い光が宿った。

「今なら描ける気がすらア」。・・・・・・

 

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