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一体どういうこと?源頼朝のお墓になぜか刻まれた薩摩藩主・島津氏の家紋「轡十文字」の謎

一体どういうこと?源頼朝のお墓になぜか刻まれた薩摩藩主・島津氏の家紋「轡十文字」の謎

終わりに・薩摩と長州「武士の矜持」

頼朝公を称える献詠碑。境内にて。

頼朝公のお墓とその周辺を調べると、少なからず薩摩・長州の両藩が影響を与えていることが分かります。

これは鎌倉幕府が滅亡した元弘三・1333年から500年以上の歳月が経った幕末期にあってなお、頼朝公が「武家の棟梁」として武士たちの心に君臨し続けたことを意味します。

明治維新に多大な貢献を果たした彼らの原動力は、関ヶ原(敗戦)の屈辱もさることながら、「頼朝公との近さ」すなわち泰平の世にあってもサラリーマン化(堕落)を拒み続けた「武士の矜持」もあった事でしょう。

 

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