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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第18話

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「苦げえ」

豊国は薬をこぼしたのを薬の苦さの所為にして笑った。本当はもう、手が言うことを聞かないのである。その事実は同時に、浮世絵師としての終焉を告げていた。それでもなお自分の前では強がって昔のように明るく笑ってみせるのが、国貞は哀しかった。

一番近くに居るはずなのに、豊国はいつも、ひどく遠い。

「国芳。・・・・・・国芳は、どうした・・・・・・」

豊国が病床の夢うつつの中でいつも呼ぶのは、国貞の名ではなく末弟子の国芳の名前であった。

(先生は、国貞とは呼んでくれない。いつだってあの名を呼ぶのだ)

恩義を顧みず十年も前に出て行ったきり師の病床に見舞いにも来ないような、あんな薄情者の名前を。

「おい」、

豊国は、部屋を出ようとした国貞を再び呼んだ。

「はい。何でしょう、先生」

国貞が華奢な身体を翻して素早く枕元に寄ると、豊国は思わぬ事を言った。

「国芳を明日、ここに連れてきてくれ」。

国貞の顔が、紙のように白くなった。

勝手に工房を出た末弟子など捨ておけば良いものを、何故豊国はそうまでして気に掛けるのか。

本来の国貞なら、そう言って噛みついていただろう。しかし国貞はそれをおくびにも出さなかった。豊国の落ち窪んだ切実な目が、国貞の口を封じた。

「合点」。

国貞はくちもとにほんの少しの笑みを浮かべた。それから部屋の敷居をまたぎ、振り向くことなく襖を閉めた。

 

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