[お江戸小説] ココロサク【最終話】春はいつだって
食事や酒を楽しむ人、色街に行く人…。
とにかく町は人で溢れかえって、賑やかだ。
その中でも、新さんの佇まいといいこざっぱりとした身なりは、ひときわ目立つ。
「新さん!」と声を張り上げたとたん、こちらを振り向いた新さんの顔に安堵の色が浮かび上がった。
「おりん! 今日はあんなことがあったから、あの後大丈夫だったか心配していたんだよ。さ、行こう!」
そう言ってほほ笑んで、ごく自然に私の手をとって歩き出した。私の手ってこんなに小さかった?と思うほどすっぽりと包まれるこの感じが、なんとも心地いい。
「今日は、鮨を食べに行こう。東京近海の美味しい魚が入ったと、さっき知り合いの店に聞いたもんでね。苦手なネタあるかい?」
「わぁ! お鮨?うれしい! なんでも食べられます」
「おりんと一緒に行きたいなぁと、前から思っていた店なんだ。ほら、着いた。ここだよ」
そういって指さしたところには、天ぷら、鰻、鮨……いろんな屋台が所狭しと並んでいた。迷うことなく新さんが向かったのが、朱色の暖簾がかかっている屋台。椅子も粗末なものが5~6個だけ。暖簾をくぐると、「へい、らっしゃい!」と威勢のいい声がお出迎え。
「今日のネタは何だい?」
「玉子焼き、穴子、アワビ、エビ、コハダだよ!」
「じゃ、2人とも一貫ずつ頼むよ」
どうやら、新さんは何度もここに足を運んでいるらしい。
「新さん、いろんなお店知っているんですね」
「ここは、一人で時々来るんだ。花見の時期は、ここで鮨をつまみながら夜桜を見るのもいいもんだよ」
「花見、いいですねぇ。毎年くれない荘のみんなと小金井に行っていたのだけど、今年はみんなの予定が合わなくて行けなかったから……」
「玉川上水堤の桜かぁ。一度見にいってみたいなぁ」。
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