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紙芝居屋の意外な歴史【1】ルーツは江戸時代の幻灯と、明治・大正時代の紙人形芝居

紙芝居屋の意外な歴史【1】ルーツは江戸時代の幻灯と、明治・大正時代の紙人形芝居

祭りの晩に現われた、まぼろしの「元祖紙芝居」

場面ごとの絵を見せながら物語を語る、おなじみの紙芝居の形式が生まれたのは昭和5年。その年のうちに『黄金バット』が登場し大ブームを巻き起こしたことで、子供向けの娯楽としての紙芝居は定着します。つまり昭和5年が紙芝居誕生の年……というわけではありません。

紙芝居は昭和5年に突如現れたわけではなく、前身となる芸能がありました。それは「紙芝居」。まったく同じ名前ですが、現代のそれとは形式が異なります。明治後期に成立し、大正時代から昭和初期まで祭りの見世物として東京近郊で人気を集めました。実は、これこそが元祖紙芝居だったのです。明治・大正・昭和の3つの時代をまたぎながら約30年で消えた、まぼろしの紙芝居ともいえるものでした。

いったいどんなものか、一言で表すと「紙人形による芝居」ということになります。竹串などの棒の先にキャラクターの絵を張りつけ、語りに合わせて動かすというものです。高さ10cm、横幅5cmほどの紙の表裏に絵を描き、ひっくり返すことで動いているように見せます。パラパラ漫画に近い効果があったようです。紙人形が芝居をするから「紙芝居」と呼ばれるようになりました。

後にこれは、区別するために「立絵(たちえ)」と称されることになります。対して現代の紙芝居は「平絵(ひらえ)」と称されています。

立絵の紙芝居は、祭りの晩、神社の境内に設置されたテント小屋で演じられました。三畳ほどの空間の小さな劇場です。主なターゲットは子どもで、代表的な演目は「西遊記」。孫悟空はいつの時代も人気者でした。

3ページ目 紙芝居のルーツは江戸時代の幻灯「写し絵」

 

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