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かつて江戸の町屋は粗末な草葺きだらけだった?町が繁盛するまでの道のり:2ページ目
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江戸と京都の違い
江戸時代はじめの頃の町屋は粗末なもので、草葺きだらけでした。ようやく江戸の町屋が板葺きになったのは、慶長6年(1601年)に駿河町で起きた大火で市中が全焼の後からです。板葺きの家は10年くらい経つと屋根のふき替えが必要になり、屋根屋と壁塗屋(左官)の出番です。屋根屋は口に含んだ竹釘を手際よく吐き出してものすごい速さで打ち付けていき、左官は足場を組み、こねた土を板の上にのせて塗りあげていきました。
一方、京都の町屋はほとんどが瓦葺きの二階建てですから、江戸の町屋の作りは遅れていることが窺えます。本町2丁目の滝山弥次兵衛なる者が、道に面した表側だけを瓦葺きにしたら、かなり評判になったとか。半瓦の弥次兵衛とよばれるほど、江戸の町人の注目を集めたのです。
3代将軍・家光の時代になると、江戸の町も栄え始めます。瓦葺きの2階屋だけでなく、中には3階屋も見られるようになりました。町数は300町にもなり、後に古町(こちょう)とよばれ幕府から特別扱いを受けるほどになりました。
参考文献:新装版 江戸の町(上)、大江戸探検隊『大江戸暮らし』
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