『逃げ若』もう1人の“逃げ上手”!太平記に見る軍神・楠木正成の「負けない戦い方」とは:4ページ目
「逃げるべき時」を知っていたからこその名将
正成の戦争観を象徴するのが、建武3(1336)年の湊川の戦いです。
このとき、後醍醐天皇に反旗を翻した足利尊氏が九州から大軍を率いて東上。『太平記』では正成は正面から迎撃することに反対します。
このときの正成は、あくまで消耗戦を避ける点で後醍醐天皇に作戦を奏上します。
後醍醐天皇はいったん比叡山へ退き、わざと足利尊氏軍を京都へ入れる。すかさず正成は河内方面から淀川の交通を遮断して、敵の補給路を断つ。
これによって疲弊した足利尊氏らを新田義貞らと挟撃して撃破する、という作戦でした。
もちろん『太平記』の叙述である以上、そのまま実際の軍議の再現とは断定できません。
興味深いのは、『太平記』の描写が一貫して正成を、不利な決戦を避ける武将として描いている点です。
京都を守るために京都で戦う必要などない。
城を守るために城で死ぬ必要もない。
敵が来たから、その場所で戦う必要もない。
目的を達成するためなら、一度退くことも、拠点を捨てることも選択肢になる。最後に勝つために。
それが正成の戦略的「逃げ」でした。
しかし皮肉にも湊川では、正成が避けたかった正面決戦を命じられます。
正成はこれを受け入れて出陣。足利尊氏の大軍と正面からぶつかって、最終的には戦死を遂げました。
だからこそ、下赤坂や千早での戦いが際立つのかもしれません。
負ける戦場から逃げ、勝てる戦場だけを作る。その戦い方は、現代を生きる我々だからこそ学ぶべきものがあるはずです。
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※参考文献・参考サイト
- 「楠木正成の登場」富田林市文化財デジタルアーカイブ
- 「楠木正成の活躍」ネットミュージアム兵庫文学館
- 新井孝重『楠木正成』吉川弘文館 2011年


