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【豊臣兄弟!】徳川四天王の背後にいた「徳川十六神将」とは?秀吉を震え上がらせた“陰の最強軍団”

【豊臣兄弟!】徳川四天王の背後にいた「徳川十六神将」とは?秀吉を震え上がらせた“陰の最強軍団”:3ページ目

●鳥居元忠(とりいもとただ/1539~1600年)
関ヶ原合戦の伏見城籠城戦で討死「三河武士の鑑」とされる。下総矢作藩祖。

●鳥居忠広(とりいただひろ/1532~1573年)
元忠の弟とされる。三方ヶ原の戦いで殿を務めて討死。子孫は小田原藩士となった。

●渡辺守綱(わたなべもりつな)/1542~1620年)
「槍の半蔵」の異名をもつ。尾張藩主・徳川義直の付家老となり1万4千石。

●平岩親吉(ひらいわちかよし/1542~1611年)
徳川義直の後見人を務め、甲府城代、尾張藩執政を歴任。尾張犬山藩12万3千石。

●服部正成(はっとりまさなり/1542~1596年)
いわゆる服部半蔵(鬼半蔵)で、伊賀衆および甲賀衆を指揮。所領は8千石。

●松平康忠(まつだいらやすただ/1546~1618年)
長沢松平家8代当主で徳川家康の従弟にあたる。所領は武蔵深谷藩1万石。

●松平家忠(まつだいらいえただ/1542~1596年)
『家忠日記』を記した。鳥居元忠らと伏見城籠城戦で討死。三河深溝藩1万石。

以上が『徳川十六神将図』に描かれた四天王以外の武将たちです。徳川十六神将は資料によってメンバーに異同があるため12将といいながら14人の武将を紹介しました。しかしいずれも、四天王ともども、家康とともに幾多の戦火をくぐり抜けてきた勇将揃いでした。

特に大久保忠世・鳥居元忠・渡辺守綱・平岩親吉・服部正成などは、家康を描くうえで欠かせない人物たち。なかでも『どうする家康』での鳥居元忠(音尾琢真)は、伏見城籠城戦で妻の千代(古川琴音)とともに奮戦のすえ討死したシーンが話題を呼びました。

『豊臣兄弟!』では、おそらく四天王以外の十六神将が登場することはないと思われます。

しかし、家康を支えたのは、四天王だけではありませんでした。その背後には、今回紹介したような、数多くの三河武士たちがいたのです。

家康が天下人へと駆け上がっていく過程を知るうえで、彼らの存在にもぜひ注目してみてはいかがでしょうか。

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※参考文献
川村真二著 『徳川四天王 家康に天下を取らせた男たち』 PHP文庫

※トップ画像:NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより

 

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