【豊臣兄弟!】徳川四天王の背後にいた「徳川十六神将」とは?秀吉を震え上がらせた“陰の最強軍団”:2ページ目
四天王以外の12将の面々とは
ではここからは、徳川四天王以外の代表的な12将を紹介しましょう。ただし、今回はひとり一人については簡単な紹介にとどめ、別の機会にこまかくお話をしようと思います。
●米津常春(よねきつねはる/1524~1612年)
生涯において戦功は18度、一番槍13度を数える武勇の人。馬廻りで3千石を領した。
●高木清秀(たかねきよひで/1526~1610年)
織田家重臣佐久間信盛に仕えた後に家康に臣従し5千石を領有。子孫は河内丹南藩主。
●内藤正成(ないとうまさなり/1528~1602年)
弓矢の腕に関しては並ぶ者なしといわれた名手で、5千石を領した。
●大久保忠世(おおくぼただよ/1532~1594年)
信玄をして「おそろしき敵かな」と言わしめた。相模小田原4万5千石を領有。
●大久保忠佐(おおくぼただすけ/1537~1613年)
信長からも武勇を称賛された勇将で生涯無傷と伝わる。駿河沼津2万石を領有。
●蜂屋貞次(はちやさだつぐ/1539~1564年)
吉田城攻めで本多忠勝と先陣を争うも若くして討死。三河六名城主。
●植村家存(うえむらいえさだ/1541~1577年)
家康の家老で信玄に「一世の豪勇」と称された。子孫は大和高取藩主となる。
