わずか18歳で羽柴秀次の切腹事件に殉じた美少年・不破万作がたどった儚く謎多き生涯:2ページ目
美貌と武勇を兼ね備えた若武者たち
いつ誰が決めたのか、天下三美少年(戦国三美少年)とは次の三人を指します。
- 不破万作
- 名古屋山三郎(なごや さんざぶろう)
- 浅香左馬之助(あさか さまのすけ)
名古屋山三郎
天正4年(1576年)生~慶長8年(1603年)5月3日没
はじめ蒲生氏郷に小姓として仕え、槍の名手として知られました。傾奇者でもあり、出雲阿国を妻として歌舞伎の祖になったとも言われます。
浅香左馬之助
生没年不詳
はじめ織田信雄に仕え、その後は主君を転々としました(蒲生氏郷・石田三成など)。美貌と武勇で知られ、山三郎と一番槍を競い合ったこともあるそうです。
彼らは「国色無双(国士無双のもじり)」とも呼ばれており、美貌と武勇を兼ね備えた点が共通しています。
もしかしたら、万作も従軍経験はなくとも武芸に秀でていたため、選ばれたのかもしれませんね。
いつの時代も美少年はもてはやされるものですが、美貌だけでは生き残れませんから、武勇も重視されたことでしょう。
