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ツルだけじゃない!狼と猟師の友情物語、神奈川に残る伝承「オオカミの恩返し」を解説

ツルだけじゃない!狼と猟師の友情物語、神奈川に残る伝承「オオカミの恩返し」を解説:3ページ目

他にもあるオオカミたちの物語

かつて明治時代末期に絶滅してしまうまで、オオカミは人間社会と隣り合うように棲息していました。

例えば夜中になると、オオカミたちが雪隠や肥溜めの排泄物に含まれた塩分を舐めに来たそうです(不衛生ですみません)。

秦野市には、オオカミたちが甲州からはるばる小田原まで海水を舐めに大移動するという伝承がありました。

これは甲斐の戦国大名・武田信玄が塩の調達に苦労した故事を、オオカミに擬(なぞら)えているのかもしれません。

玄倉や八丁(神奈川県山北町)にはオオカミと遭遇した物語が伝わっており、山北町都夫良野の大野家には狼の頭骨が保存されていると言います。

他にも武芸者の関口弥六右衛門(せきぐち やろくえもん。弥太郎)が箱根越えに際してオオカミを退治した話もあれば、オーカメ(オオカミ)たちにアユをすべて食われてしまったオオカミ梯子のエピソード(川崎市多摩区)もありました。

※アユだけで(食い殺されないで)済んで、不幸中の幸いでしたね。

ほかオオカミが登場する昔話として有名な「古屋のもり」も県内各地に残っており、方言で古屋のムル(漏れる。雨漏り)と伝わっています。

不気味な物語も

山北町の玄倉(くろくら)に、こんな伝承がありました。

明治時代に入ったある年ある日のこと。猟師たちが連れ立って山へ入ったものの、その日は野ウサギ一羽、野鳥一羽すら獲れません。

一体どうしたことかと思案にくれたものの、獲れないものは仕方ない。日が暮れる前に帰ろうと、力なく家路をたどります。

するといきなり、一頭のオオカミが姿を現しました。これは千載一遇の好機とばかり、猟師たち全員が鉄砲を構え、狙い定めて一斉射撃を行います。

外すような距離ではありません。みんなで撃ったものだから、恐らく毛皮も肉もズタズタでしょう。

確かな手応えを感じたので、みんなしてオオカミが倒れた場所へ駆けつけます。

が、それは木の根っこでした。オオカミが茂みに伏せているような形をしていたので、見間違えてしまったのです。

しかし初心者ならいざ知らず、熟練の、しかも何人もいた猟師たちが揃ってそんなヘマをするものでしょうか。

皆が不思議に思っていると、ふと異変に気づきました。みんなが一斉射撃を食らわせた根っこの周りには、びっしりと血が飛び散っていたのです。

木の根から出た樹液ではないでしょう。撃たれたオオカミの流した血か、あるいは人智を超えた怪現象なのか……。

それからほどなくしてオオカミはすっかり姿を消し、いつしか絶滅してしまったのでした。

終わりに

今回は神奈川県に伝わるオオカミの昔話を紹介してきました。皆さんは、どんな感想を持たれたでしょうか。

明治時代に入ると、オオカミ(ニホンオオカミ・エゾオオカミ)は国策によって絶滅させられました。

その結果、およそ百年の歳月を経た現代、その弊害(※)が現れていると言われます。

(※)シカの捕食者がいなくなったことでシカが増え、植物が食い荒らされてしまい、食糧不足に陥ったクマが人里に出没するなど。

目先の不都合だけを見て「殺せ殺せの大合唱」で駆除した結果、それまで絶妙に保たれてきた生態系のバランスが崩れてしまうケースは少なくありません。

安易な駆除に走らず、根本的な解決を模索していくことこそ、オオカミが遺した教訓と言えるのではないでしょうか。

今回のエピソードが、かつてオオカミと人間が共存してきた歴史を垣間見る縁(よすが)となれば幸いです。

※参考文献:

  • 永井路子ら『日本の伝説20 神奈川の伝説』角川書店、1977年7月
  • 神奈川県教育庁文化財保護課編『かながわのむかしばかし五〇選』神奈川合同出版、1984年12月
  • 相模民俗学会編『神奈川のむかし話』日本標準、1977年12月
  • 池原昭治『丹沢の絵本』神奈川新聞社、1977年7月
  • おざきただあき『あしがらの傳承文化いまむかし語り』教文社、2001年9月
 

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