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【豊臣兄弟!】利家はなぜ勝家を裏切った?中川清秀の描かれ方に疑問…史実をもとに第32回放送の考察

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【疑問】中川清秀は裏切り者だった?

第32回を視聴していて、今回最も割を食った武将は中川清秀(すがおゆうじ)だったと思います。

形勢不利と見てあっさりと柴田勢へ寝返るも、最後は羽柴勢へ寝返った利家によって斬られてしまうという、実に残念極まる最期を遂げてしまいました。

中川清秀は最期まで大岩山砦を死守しており、決して裏切ってなどいません。少なくとも、それを裏づけるような史料は確認されていないはずです。もしご存じでしたら、筆者の不勉強ゆえ、何卒ご教示願います。

もし清秀がそんな最期を遂げていたとしたら、その息子に対して温情をかけるようなことはなかったでしょう。

ドラマとしては「清秀まさかの裏切り!?」「こうやって回収されたのね」など、視聴者からの反応が期待できるのでしょうが、実在の人物が汚名を着せられてしまうのは残念でなりません。

挙げ句はその首級を利家に放り投げられ(そうと察せられる描写が演じられていました)、武士としての尊厳も何もありませんでした。たとえ敵であろうと、命のやりとりをした相手に対する敬意を描いて魅せることこそ、戦国大河の醍醐味ではないでしょうか。

※中川清秀の生涯はこちら!

【豊臣兄弟!】秀吉と「義兄弟の契り」を結んだ中川清秀、賤ヶ岳の戦いでの壮絶な最期…

天正11年(1583年)4月20日、大岩山砦が佐久間盛政(遠藤雄弥)の襲撃を受け、守備していた中川清秀(すがおゆうじ)が討死してしまいました。その死は大垣城に滞陣していた羽柴秀吉(池松壮亮)の…

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