【豊臣兄弟!】「私を殺してみよ」女武将・お市の凄絶な覚悟と秀吉の決別…あまりに切ない悲劇の始まり:3ページ目
織田の宿老と決別『屈服』を選ぶ丹羽の覚悟
今まで、ずっと温厚でいい人に描かれてきた丹羽長秀。「信長が絶対的な信頼を置いた家老」として、派手さはないものの着実に人気を伸ばしてきました。
特に、前回『清洲会議』でのまさかのノープランぶりや、お市どのへの思いをからかって勝家に激怒されたときの表情が素晴らし過ぎて、SNSでも「丹羽推し」の人はたくさん見かけます。
本当は怒らせたら怖い人でした。けれど、秀吉に激怒しながらも、諸将には根回し済みだと知らしめる起請文を見てから態度を変えます。
自分のほうが秀吉よりも高みにいたのに、気がつけば見上げている。口車に乗ったわけでも情にほだされたわけでもない。わしは羽柴秀吉に屈服したのじゃ。
淡々とした表情で、自重気味の笑みさえ浮かべつつ、瞬きせずに前田利家を見据えて言う『屈服』という言葉の重さ。
今まで信長を支え休むことなく働き続けて織田家に貢献してきた自分への誇りもあったはず。
けれども、秀吉の力には敵わないと諦め家のために猿に付いていく覚悟を決め、「織田家の双璧」といわれた勝家と自分に別れを告げた長秀。
史実でも、長秀は秀吉の側につき『賤ヶ岳の戦い』で手柄を挙げ、その功績で越前国(現在福井県北東部)の大部分と加賀国(石川県南部)2郡の加増を得ます。
そして、123万石の所領を持つ大大名となったのです。
ただし、秀吉が柴田側についた織田信孝の母娘を処刑、信孝を刃に追い込むなど、信長の遺族に手酷い仕打ちをした秀吉に反感を抱いたという説もあるようです。
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