手洗いをしっかりしよう!Japaaan

【豊臣兄弟!】「私を殺してみよ」女武将・お市の凄絶な覚悟と秀吉の決別…あまりに切ない悲劇の始まり

【豊臣兄弟!】「私を殺してみよ」女武将・お市の凄絶な覚悟と秀吉の決別…あまりに切ない悲劇の始まり:2ページ目

絆を断ち切り天下取りに邁進する秀吉の覚悟

よくある「お市は秀吉を嫌っていた」「秀吉はお市に横恋慕していた」という話は、当時の一次史料にはみられないそうです。秀吉=女好きという逸話から、そのような話が誕生したのでしょうか。

実際、ルイス・フロイスの記録では「極度に淫蕩で、悪徳に汚れ、獣欲に耽溺していた」ほど女好きだったと伝わる秀吉。(彼は宣教師なので秀吉の色欲はかなり厳しい目で見ていたといわれていますが)

けれども女狂いがひどくなったのは50歳を過ぎた頃らしいので、お市が命を絶ったあとのことでしょう。

そんな秀吉が「“美しいお市”を自分のものにしたくて勝家と争った」ストーリーは、『祖父物語』に描かれていますが、これは後世の創作によるものと考えられているようです。

ドラマでは、お市と勝家の婚礼に驚いた蜂須賀正勝(高橋努)に「がっかりしてはおらんのか?」と言われて、「なんでわしががっかりするんじゃ!」と真顔で返していた秀吉。「豊臣兄弟!」では、「お市に横恋慕はしていない秀吉」が描かれてましたね。

けれど、「お似合いとはいえんが…」と何気にディスってた(勝家を)のはおもしろかったです。

裏切りをものともしなければ新しい世は作れない

天下の覇権へ向けて動き出した秀吉。

けれど、野望をお市に見破られたうえ、清洲会議での出し抜き行為で、すっかり丹羽長秀池田恒興(堀井新太)・柴田勝家らの怒りを買うことに。

以前は味方だった仲間が次々と秀吉包囲網を形成していきました。

危機感を覚えた小一郎は、自分に相談せず陰で策を弄したことを秀吉に正すと、「お前に言うと止められる」言いつつ、「それでは何も変わらぬからのう…」と呟く秀吉の口元だけのクローズアップが怖かったですね。

「わしの目指す新しい世を作るには、お前の意見は無用」と言っているようでした。

野望を遂げるため信頼を失う辛さには目を瞑り、変わり続ける覚悟をした秀吉。
孤独感は漂っているものの、改めてメンタルの強さを感じます。

それに対して、相変わらず「万事円満な世界が一番」な小一郎。

清洲会議以来、小一郎が「どういうつもり?」という表情で秀吉の顔を見る回数が増えて、兄弟の間に少し齟齬が生じたような雰囲気が気になります。

温厚・誠実で兄秀吉への忠義を尽くして捧げたと伝わる秀長。

実際には、清洲会議が行われた天正10年(1582)6月27日の後、秀長が病死したのは天正19年(1591)1月22日なので、残り9年の命です。

ちょうど、秀吉が奥州を平定し、甥の豊臣秀次を養子に迎えて関白職を譲ったころ。

そして、愛する弟を失い、千利休を自刃させ、朝鮮出兵を行い、秀次を追い込み……と、どんどんと狂気をはらんでいく歴史は、今この時から始まったのかなと意味深な感じがしました。

3ページ目 織田の宿老と決別『屈服』を選ぶ丹羽の覚悟

 

RELATED 関連する記事