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光明皇后の「慈悲深さ」はイメージ戦略?聖徳太子伝説を利用した「聖女化」の真相

光明皇后の「慈悲深さ」はイメージ戦略?聖徳太子伝説を利用した「聖女化」の真相:3ページ目

作られた?皇后像

そして、聖徳太子が悲田院や施薬院を作るなどの善行を行い、それを光明皇后が再び受け継いだというストーリーが作られていきます。

さらにそこへ、光明皇后は聖徳太子の生まれ変わりかもしれないという話まで加わりました。こうなると光明皇后は、慈悲深い皇后として描けます。

もちろん、光明子が行信に聖徳太子の物語を作らせたことを証明する史料はありません。行信が単独で考えたのか、光明子を含む政治的な背景があったのかも、断定はできません。

それでも、739年に行信が法隆寺東院を再建し、光明子が多額の資金を援助したことは伝えられています。

そこへ聖徳太子の善行と光明子自身の福祉活動が重なれば、慈悲深い皇后という人物像が生まれる条件は十分にそろいます。

ここに何らかの意図があったのではないかと考えることは不自然ではないでしょう。

まして、光明皇后には「長屋王を暗殺した一族」という負のイメージがあったことから、これの払拭を目論んだ可能性もないとは言えません。動機も十分だということです。

参考資料:出口治明『10人の英傑が「この国」を変えた 大転換の日本史』2025年、PHP研究所
画像:Wikipedia,PhotoAC

 

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