一夜の営みも監視&記録!?千人の女性がひしめく「大奥」と将軍の壮絶な日常とは:2ページ目
豪華と緊張
江戸中期の大奥は年間二十万石の費用がかかり、現代換算で百億円ほどの規模でした。廊下は一町以上の長さで、部屋は二百近くあり、迷いやすい構造だったとされます。
将軍の寝室は大奥の西南端にある小さな部屋で、寝具は厚い布を重ねた敷物と複数の掛け布団で豪華でした。
将軍は夜十時頃に寝室へ入り、正夫人と会話し、側近が飲み物を出すこともあったようです。
着替えは周囲の者が補助し、終わると屏風で仕切り次の部屋へ移動しました。次の部屋では年寄や中臈が徹夜で待機し、呼び出しに備える体制でした。
将軍は正夫人と同室で寝ることはほとんどなく、つまり夜の相手は大奥の女性たちの中から選ばれていました。それは中臈や上臈の役職の中から選出され、選出された女性は大変名誉なこととされました。
よって、夜のお相手を辞退するということは、ほぼ起こらなかったとされます。
選ばれた女性は白装束で髪を整え、事前に別室で待機し、身体検査を受けました。寝室では将軍の左右にそれぞれ中臈と添い寝役の床が置かれる配置でした。
ここからが大変です。夜の営みが行われている間、付き添い役は将軍に背を向け、眠らずに会話や動きを記録していました。
さらに隣室には徹夜の見張りが控えており、将軍の夜の営みはこうした厳しい監視下で行われていたのです。想像するだけでちょっと異常な状況です。
女性たちは朝七時頃まで物音は厳禁。将軍が起床する気配で御鈴番が声を上げ、ようやく朝を迎えます。