「大うつけ」はポーズ?若き織田信長が京都で目撃した将軍の権威と「三好長慶」の実力
大うつけの実像
若き日の織田信長といえば、派手な格好で町を歩き、餅を食べながら振る舞う大うつけの姿が有名です。
青年期までの信長は、髪を派手な色の細布で飾り、袴には火打石をぶら下げていました。しかも同じような服装の若者たちを連れて歩いていたと伝えられています。
当時の言葉である「かぶく」には、ふざけた格好をして浮かれ遊ぶという意味がありました。信長はまさに、そんな若者だったのです。
当然、織田家の家臣たちからの評判はよくありません。弟の織田信勝を支持する勢力も増えており、信長は家中で孤立しつつあったようです。
ところが、当時の尾張は商業地として発展していました。信長の奇抜な行動も、町の人々と接する機会を増やし、新しい時代の空気を知るきっかけになった可能性があります。
この姿は、英仏間の百年戦争で若き日のヘンリー五世が領国の無頼の徒と交わり、庶民の要求を知ったという話を連想させます。
もちろん、信長が同じ目的で行動していたとは断定できません。しかし、後に新しい時代を切り開く信長が、尾張の町で人々と接していた点は重要に思われます。
