『豊臣兄弟!』欲のない男・豊臣秀長…賄賂も茶器も通用しない!秀吉を支えた名補佐役の信念:2ページ目
賄賂を許さない
秀長の公正さを具体的に見るのに最も参考になるのが、大和郡山での治政です。
秀長は郡山城に入った際、領地の実態を把握するために検地を実施しました。
皆さんもご存じの通り、検地は農地を測り、年貢を決めるための重要な制度です。
しかし一方で、検地は農民にとって警戒すべき政策でもありました。支配者が測量結果を都合よく操作すれば農民から過大な年貢を取ることも可能だからです。
実際、検地をめぐって一揆が起きることも珍しくなかったのです。
そこで秀長は、まず奈良中で使われていた升を京升に統一しました。古い升を使った者には処罰を行うと定め、測量の基準そのものをそろえたわけです。
さらに徹底していたのが賄賂への対応でした。奉行や奉公人が金品を受け取ることを厳しく禁じ、不正を行った者には重い処罰を科したのです。
しかも処罰の対象は受け取った側だけではありません。賄賂を渡した庄屋にも同じように厳しい対応を取りました。
これはかなり重要な点です。支配する側だけでなく、支配される側にも不正を許さないことで、制度そのものの公平性を保とうとしたのです。
検地は領主にとって便利な制度ですが、正しく運用すれば農民にとっても意味があります。秀長は官民の双方に公平さを求める統治を行っていたのでしょう。
