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対話がダメなら殺し合い!戦国時代の農民はガチで武器を持っていた…秀吉が発した“喧嘩停止令”とは?

対話がダメなら殺し合い!戦国時代の農民はガチで武器を持っていた…秀吉が発した“喧嘩停止令”とは?:2ページ目

具体的な内容や時期は?

かくして発せられた喧嘩停止令ですが、実はいつ・どんな内容で発せられたのかについて、詳しいことはわかっていません。

訴訟における判例の中で喧嘩停止令が言及されているため、発せられた事実は確かにあるものの、具体的な内容については記録が残っていないのです。

また喧嘩停止令が発せられた時期についても明確に裏づける史料はなく、最古の判例は天正15年(1587年)の春でした。

刀狩令や海賊停止令が天正16年(1588年)に発せられているので、それより古くから発せられたことがわかります。

「武器を取り上げたり、すでに武装勢力として確立されている海賊を取り締まったりするより先に、農民たちの武装蜂起を取り締まろう」と考えたのでしょうか。

恐らくは秀吉が九州地方に対して惣無事令(そうぶじれい)を発した天正13年(1585年)以降に発せられたものと考えられます。

※天正12年(1584年)までは織田政権の継承抗争(賤ヶ岳合戦や小牧・長久手の合戦)が相次いでいたことから、天下人として振る舞うことは難しかったでしょう。

ちなみに喧嘩停止令では、武装蜂起や武力抗争を禁じているものの、武器の所持までは禁止しきれなかったようです。

「生活(狩猟など)や自衛のために武器を持つのは黙認するが、公然と帯刀したり武装したり、武士や私兵団のように振る舞うことは許さない」

完全な兵農分離を徹底するには、今しばらく時を要するのでした。

3ページ目 村全員が処刑!?徳川幕府へ受け継がれた喧嘩停止令

 

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