【豊臣兄弟!】22歳で散った長宗我部元親の天才後継者・信親とは?武勇を奮った若武者の壮絶な最期:3ページ目
信親の死による影響
いっぽう元親は窮地を脱して生き延びましたが、信親の討死を知って大いに悲しみます。
そして谷忠澄(堀部圭亮)を派遣して信親の遺体を乞い受け、荼毘に付しました。
遺骨ははじめ高野山の奥院に納めたものの、後に分骨して天甫寺(高知県高知市)に埋葬しています。
土佐へ帰国してからも元親は立ち直れず、またこの合戦で次世代を担う若武者たちを多く喪ったことから、長宗我部家は次第に衰弱していきました。
こうした成りゆきを鑑みれば、信親は武辺の面目に殉ずるよりも、命を保って家運を守るべきだったのでしょうか。
しかしそれは結果論であり、信親としては武士としての心映えを示すべき、つまりやむを得ない苦渋の決断でした。
あえて非を問うのであれば、それは元親に帰するものと言えます。
後継者の控え確保(信親以外にも人材を育てておく)や出陣者の選定(若武者ばかり選ばない)など、打てる手はあったでしょう。
※もちろん他の息子たちもいるのですが、元親の落胆ぶりからして、後継者としては眼中になかったものと思われます。ちなみに家督は四男の長宗我部盛親(もりちか)が継ぎました。
元親が後継者の控えを考えられなくなるほど、信親が魅力的であったことがうかがえますね。
終わりに
今回は長宗我部元親の嫡男・長宗我部信親について、その生涯をたどってきました。
22歳という若すぎる最期でしたが、もし生きていたら、長宗我部家は大いに発展していたのでしょうか。
果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、どのような若武者ぶりが描かれるのか、林裕太の好演に期待しています!
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※参考文献:
- 平井上総『長宗我部元親・盛親』ミネルヴァ書房、2016年8月
- 山本大『新装版 長宗我部元親』吉川弘文館、1988年1月


