朝ドラ「風、薫る」直美が目指す“届ける看護”…モデル・鈴木雅が日本初の『派出看護』を始めた理由:4ページ目
雅は夫の遺産を『慈善看護婦会』に注ぎ込む
第一病院のほか第二病院で働く看護婦も協力し、質の高い医療や看護を提供、裕福な家庭からは多めに報酬をもらうという雅。
また、医師の処置が必要なときは第一・第二に搬送できるようしました。
実際の雅の生い立ちはドラマの直美とは違います。雅は、先だったの夫の遺産を、聴診器や蒸気吸入器といった医療機器に全て注ぎ込んだそうです。
「ですから失敗するわけにはいきません」と和に語る雅。こういう思い切りのよさは、直美を彷彿させますね。
雅の『慈善看護婦会』の設立は日本の看護における革命的な出来事でした。
「数少い職業看護婦が金持階級に独占され、庶民階級にとって看護婦が高嶺の花ともいうべき存在であったことに義憤を抱き、広く庶民にも看護婦を派遣しようという目的のもとに、日本最初の派出看護婦会を創設したのが鈴木まさであった」(明治医事往来 立川昭二)
高い評価を受けた雅の『慈善看護婦会』の看護は、3ヶ月ほどで依頼が続出するほど大評判となったそう。まさに現代にも続く「在宅看護の祖」鈴木雅。
「明治時代の偉人」というと名前が挙がるのは政治家・軍人など男性が多いもの。
けれど、当時蔓延していた「女性差別」「看護婦差別」と戦いながら、日本の看護の道を切り開いてきた大関和や鈴木雅ほかの女性たちは、本当にリスペクトできる「偉人」だと思います。
その後の雅の「派遣看護」については、また別の記事でご紹介しましょう。
参考:『明治のナイチンゲール 大関和物語』田中ひかる