なぜ江戸時代の屋台には車輪がなかったのか?蕎麦・寿司・天ぷらも“担いで売った”商人たちの意外な事情:3ページ目
明治時代の屋台あれこれ
- おでん
- 煮込(モツなど)
- 大福餅
- いなり寿司
- のり巻き
- すいとん
- 蕎麦がき
- 雑煮
- 茹で小豆
- 焼鳥
- 茶飯
- あんかけ飯
- 五目飯
- うどん
- 汁粉
- 甘酒
- 燗酒……など。
当時の焼鳥は鶏肉ではなく鶏モツを使ったもので、やがて牛や豚、馬などのホルモンも提供するようになります。
東京では特に豚モツ焼きを「焼鳥」と呼ぶこともあったそうで、初めて注文したら面食らってしまいそうです。
お客「おい、俺は焼鳥を注文したんだ。何で豚モツを出すんだ?」
主人「ん?焼鳥って言やぁお前ぇ、豚モツに決まってンだろうが」
なら焼豚と言ってくれよ……そんな会話が繰り広げられていたのかもしれませんね。
終わりに
今回は江戸時代の屋台に、車輪がついていなかった理由について紹介してきました。
現代の自動車税と同じような理由でしたが、現代とは比べものにならないほど重い負担だったのでしょうね。
こういう庶民文化や社会史などを調べると、人々の思いや暮らしぶりが垣間見えて、とても興味深く感じました。
一度お江戸スタイルの蕎麦屋台で、蕎麦を食ってみたいですね。
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※参考文献:
- 庄野新『「運び」の社会史』白桃書房、1996年4月
- 近代食文化研究会『焼鳥の戦前史』Kindle版、2020年5月
- 服部誠一『東京新繁昌記初編』奎章閣、1874年
- 野口孝一『明治の銀座職人話』青蛙房、1983年4月
- 乾坤一布衣『最暗黒之東京』講談社学術文庫、2015年2月
※トップ画像:近世職人尽絵詞 鍬形蕙斎筆 [出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)]




