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『豊臣兄弟!』おのれ、村重!妻・だし絶叫…命惜しさに逃げた夫と、命を捨て家臣を救った別所長治の残酷すぎる対比

『豊臣兄弟!』おのれ、村重!妻・だし絶叫…命惜しさに逃げた夫と、命を捨て家臣を救った別所長治の残酷すぎる対比:2ページ目

過去の夫婦の会話が今回の逃亡を示唆

前回、竹中半兵衛(菅田将暉)が「あの男(荒木村重)は調略に応じてもまた裏切る。そういう男だ」と言った言葉が鮮やかに蘇りました。

「天下一の裏切り者」「卑怯千万な愚将」で知られる村重ですが、「武将として豪胆」「信長の苛烈な成果主義争いで追い詰められた武将」とする声もあります。

けれど、なぜ信長を裏切った?なぜ逃げた?の理由は諸説あり、近年では“卑怯な逃亡”ではなく “援軍を求めての戦略的撤退” “尼崎城に逃げて徹底的に戦った”という見方もあるようです。

けれども、いずれも「決定打には欠ける」といわれています。

ただ、いずれにしても、「だしらの助命と引き換えに降伏を求められた」のに受け入れず抵抗を続けたため、天正7年(1579)12月、約700人近くもの人々が処刑された悲劇は起こりました。

「豊臣兄弟!」では、以前、妻との会話で村重の人間性を丁寧に描いていました。

▪️播磨攻略の役目を秀吉にとられたとき

村重
「わしはこれまでただ必死に生き延びてきたんじゃ。そなたのような美しい妻や子にも恵まれた。後は楽して楽しゅう面白ろう生きていけたらそれでええんじゃ。すまんのう、無欲な男で。」

だし
「何をおっしゃいます。それこそが『強欲』でございましょう」

気持ちは分かるものの、戦国時代の武将でありながら「安寧に生きていきたい」と願うのはたしかに『強欲』でしょう。

▪️信長に刀に刺したまんじゅうを突きつけられたとき

村重
「わしはそなたとこうしておられれば、それでええのじゃ。上様を裏切る気など毛頭無いのに、どうしてわかってもらえんかのう」

だし
「これまであなた様がなされてきたことを思えば、信じてもらえずとも致し方ありませぬ!」

実際のところ、だしは、『信長公記』では21歳、『立入左京亮入道隆佐記』では24歳と記述されています。はっきりはわかりませんが、まだ20代前半で夫とは20歳以上は年齢が離れた夫婦でした。

親子ほど歳の離れた夫に「生き残るため『裏切る』人間は『また裏切るだろう』と思われても仕方ないですよ」とたしなめるだし。

賢く冷静で肝が据わった女性という印象でした。

今回の“突然の逃亡劇”を示唆していましたね。

3ページ目 自分が「生きる欲」は強かった男

 

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