『豊臣兄弟!』村重逃亡のその後は?だし処刑・官兵衛改姓・別所滅亡…史料から第24回の名場面を考察:3ページ目
再登場の可能性は?逃亡した村重がたどった晩年
「命に代えても守る」と誓った妻だしをも見捨てて、ただ一人逃げ出した村重。
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しかしただ信長を恐れてばかりではなく、尼崎城に半年以上も留まって信長に徹底抗戦しています。
後に一族の荒木元清が守っていた花隈城へ逃げ込み、天正8年(1580年)閏3月2日から7月2日の約5か月間にわたりなおも抗戦しました。
しかし摂津で最後の城であった花隈城も攻め落とされてしまい、毛利輝元(濱省吾)を頼って中国地方へ落ち延びていきます。そして尾道(広島県尾道市)で隠居し、武将生命に幕を下ろしたのでした。
しかし信長が本能寺の変で横死を遂げるとひょっこり堺へ移り住んだらしく、天正11年(1583年)には津田宗及(マギー)の茶会に顔を出しています。
その時の名乗りは道薫(どうくん)。道端に薫りを発する存在、と言えば聞こえはいいですが、要するに道端の排泄物です。そのため道糞(どうふん)と号したとも言われますが、これは俗説で、これを裏づける一次史料は見つかっていません。
妻子一族を捨ててしまった後悔があったのか「自分はとんでもない◆ソ野郎だ」という呵責があった可能性も考えられますね。
そしてあれほど恐れた信長に続くこと4年後、天正14年(1586年)5月4日に道薫こと村重は52歳の生涯に幕を下ろしたのでした。
キャラクターは好きだったので、再登場してほしいです。

