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【豊臣兄弟!】上月城に入った尼子勝久(渡邉蒼)とは?山中幸盛と尼子再興を夢見るも悲劇的な末路をたどる

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上月城の戦いで自刃

かくして織田家臣となった勝久は、羽柴秀吉の部将として中国攻めに参陣しました。

そして天正5年(1577年)に秀吉が播磨国上月城を攻略すると、その守備を命じられます。

しかし天正6年(1578年)、毛利勢と宇喜多勢の連合軍3万が上月城へ侵攻してきました。秀吉は三木城攻めで兵力を割けず、勝久らに上月城を放棄するよう伝えます。

しかし勝久は「ここで退いてなるものか」とばかり、秀吉の要請に従いません。

大軍に包囲された勝久らは死力を尽くして抗戦するも、武運つたなく降伏の憂き目をみます。

開城に際して勝久は自刃、嫡男の尼子豊若丸(とよわかまる)や長兄の尼子氏久(うじひさ)、家臣の神西元通(じんざい もとみち)らもこれに殉じました。時に天正6年(1578年)7月3日、享年26歳。

なお山中幸盛は捕虜となってしまいますが、まだ尼子再興を諦めません。護送される途中で脱走を図ったため、斬殺されてしまいました。

かくして山陰の戦国大名・尼子氏は滅亡したのです。

終わりに

今回は尼子再興の志に散った尼子勝久の生涯をたどってきました。

果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、彼らの活躍と最期がどのように描かれるのでしょうか。

ちなみに尼子の残党は一門衆の亀井茲矩(かめい これのり)がまとめ、秀吉の部将として武功を重ねました。

そして大名となり(因幡鹿野藩・津和野藩)、その家名を幕末まで受け継いでいきます。

尼子が大名の座に返り咲いたことを、勝久たちも喜んでいるのではないでしょうか。

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※参考文献:

  • 上田正昭ら『コンサイス日本人名辞典 第5版』三省堂、2008年12月
  • 鳥取県 編『鳥取県史 第2巻《中世》』鳥取県、1973年3月
 

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