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『豊臣兄弟!』松永久秀(竹中直人)は本当に悪人だったのか?家臣たちに慕われた戦国武将の意外な素顔

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信貴山・多聞両城が語る久秀と家臣の関係

圧倒的に不利な状況で、しかも滅亡が差し迫る中で、久秀の家臣たちは最後まで奮戦しました。この事実は、いかに家臣たちが久秀を信頼し、そして深く結びついていたかを示しています。

そのようなことがなぜわかるのか、それは久秀が本拠とした多聞城と信貴山城の遺構から伺えるのです。最後にそのことを簡潔に説明してこの記事を終わりたいと思います。

久秀は戦国期の真っただ中を生きた人物です。この時期の城郭はその特徴として、山城あるいは平山城に領主の居住空間(後の天主)と家臣の屋敷を取り込むという縄張りが主流でした。

多聞城・信貴山城の縄張りを見てみると、久秀の屋敷はほかの家臣の居住区と比べると確かに規模は大きく、格式も整っているのですが、特別な優位性はなく横並びの関係にありました。

つまり久秀は、重臣や信頼のおける家臣たちと並列的に屋敷を構えていたのです。言い換えれば、久秀は家臣たちに強権を持って接したのではなく連合的な関係を築いていたことになります。

ここが信長との決定的な違いでした。信長は清須城までは家臣たちと並列的に屋敷を構えますが、小牧城、岐阜城、安土城と本拠を移すうちに、その縄張りに家臣たちに対する強権的な側面が表れるようになっていきます。

安土城を例にとれば、信長の居住区である中心部は本丸・二の丸・三の丸などの曲輪群をひと続きの高石垣の城壁で囲い込み、山麓の家臣屋敷を圧倒する求心性を誇示しているのです。

このような強権的な信長の考えが、多くの離反を招いたと言っても過言ではないでしょう。弟の信行、家督相続当時の柴田勝家、義弟の浅井長政、荒木村重、そして本稿の主人公・松永久秀など信長を裏切った武将たちはたくさんいます。そして、最後は明智光秀により殺されてしまいました。

信長と比べると久秀は、歴史的にはさほど重要な人物ではないかもしれません。しかし、梟雄や悪人と称されながら、最後まで多くの家臣に慕われた久秀の人物的な評価を、いまこそ見直すべきではないでしょうか。

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※参考文献
千田嘉博著 『城郭考古学の冒険』幻冬舎新書

 

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